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すやすやと、後ろの席から気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
教室の中の全員がそれに気づいているにもかかわらず、だれも寝ている当人に声をかけようとはしない。
それは安達美奈も同じだ。
高校一年生のときは平和だった。
中学校からの友人のゆかりと同じクラスになり、席も近かったので、休憩時間のおしゃべりも、一緒に食べるお弁当もすべてが楽しく、無用なストレスを抱えることはなかった。
高校二年生になると、ゆかりとまた同じクラスになれたものの、席が離れてしまった。
残念ではあったが、それだけならば問題はない。
お昼休みになれば生徒たちはそれぞれのグループを作って食べるので、美奈もゆかりの席の近くに移動すればいいだけだ。休憩時間のおしゃべりだって継続している。
美奈が抱えることになった無用なストレス。
それは、美奈の後ろの席になった素行不良な生徒、相馬太晴が原因だった。
授業中に、美奈の後ろで爆睡しているやつだ。
遅刻をするのは当たり前。授業中はずっと寝ていて、ほとんど起きてくることはない。
髪の毛を金色に染めていて、背が高く、がっしりとした体格のため、立ち上がるだけで周囲に威圧感を与えた。
常に不機嫌なオーラを全身からかもし出していて、プリントの回収など、仕方のない事情で話しかけるだけで鬱陶しそうな顔をされる。
このように、なるべく関わりあいになりたくない人物が、美奈のすぐ後ろに座っている相馬太晴だった。
夏休み前には席替えが予定されている。
それまでは息を潜めて、なるべく気づかれないように生きていこう。
そう思っていたのだが。
「安達さん。相馬くんを起こしてあげて」
教師たちも相馬となるべく関わりたくないと考えているらしい。
しかし、授業中に居眠りをしている生徒を放置しておくわけにはいかない、という義務感もある。
アンビバレンツなそれらの折衷案が、相馬の前に座っている生徒に起こさせる、だった。
「ご自分でどうぞって言ってやれよ」とゆかりは怒ってくれるが、教師に反抗するほどの勇気は持ちあわせがない。
「相馬くん、相馬くん」
次の席替えまでの我慢。
繰り返し、自分に言い聞かせながら、後ろの席の相馬に声をかけた。
いつもの相馬の反応は、不機嫌な声を出しながら起きてくる、または起きてこない、のどちらかだ。
しかし、この日は違った。
「あ?」
半分眠っているような、ぼんやりとした声を出しながら相馬が頭をあげる。
やはり半分眠っているような目で美奈を見ると、こう続けた。
「ああ……安達。犬の飼い方おしえてくんね?」
思わず、美奈は「は?」と声を出してしまった。
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