楼閣

1/1
前へ
/8ページ
次へ

楼閣

◆楼閣  警備員に対する悪口が当たっていたのかどうか分からないが、  しばらくすると、町である噂が立ち始めた。  それは淫靡な雰囲気を伴う話だった。当然、その噂は大人から子供たちに広がった。 「仏塔の近くにあった建物って、楼閣(ろうかく)って呼ばれているらしいで」  子供たちが集まる駄菓子屋で文哉くんがそう言った。 「楼閣」という馴染みのない言葉に戸惑ったが、  駄菓子屋にいた中年男が、「坊主ら、もう色気づいたんか」と笑って、  訊いていないにも関わらず、 「楼閣は、大人の男が女を買う所だ」と説明した。  更に、「坊主らにはまだ早いで」と言った後、「お前らの父ちゃんもお世話になっとるんとちゃうか」とからかうように言った。  その時の男の不気味な笑顔は、山の警備員の薄ら笑いと同じだった。  女の人が男の人に体を売る・・  その時、僕はまだ子供だったが、さすがにその意味は分かった。  テレビや雑誌、そして、小説などで、性的なものは溢れるほど氾濫しているからだ。  更に聞いた話では、その楼閣を陰で運営しているのは、宗教の団体だということだった。  お金の流れがどうなってるのか分からないが、楼閣で得た金が教団の資金源になっている可能性もあったし、その逆の場合も考えられた。  いずれにせよ、ショックだった。  山開きには、山に行き虫捕りをし、更に年頃になれば、好きな子と草原を駆けたい、と思っていた山が、白装束の信者たちで溢れ返り、更には売春が行われているのだ。  懐かしむべき故郷の山が、憎しみの標的に変わったようだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加