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始まりと終わり
一日中、太陽に粘着される季節。
第一金曜日の夜六時。明るいうちに二人は店の前で緩い待ち合わせをして、魅惑の引き戸を開ける。それが習慣だった。二人は幼馴染で、山本は独身。田口には妻と娘がいる。妻も共通の幼馴染だ。結婚した後も家族ぐるみの付き合いで、第一金曜日のみ、開放的な時間を許してもらっていた。
串が美味い居酒屋で、店内は禁煙。他人を気にしないワイワイガヤガヤ感と昔ながらの焼いた串の煙たさが、男たちの秘密基地だ。
「いいか、山本。結婚なんて、いいと思うのは最初だけだぞ」
「ふふっ、そうかなあ」
「そうだって。やりたいことなんて、全くできないんだから」
説教を始めた田口は、酔いが回ると気が大きくなるタイプ、山本は、口数が減り、聞き役に徹するタイプだ。中年太りで髪の毛の薄さを気にする田口は、性格の良さから社内で愛され、山本は、スーツがよく似合う成績優秀者。二人は、新商品にも高級時計にも興味がない。身につけるものは、馴染みのいい地元の商品だ。
山本は、昔からモテた男だった。
幼稚園ではアイドルのように可愛がられ、小、中ではチョコを山ほど貰い、高校では、ファンクラブ。田口はそんな山本の側に居られることが、誇らしかった。
山本も、田口が側に居てくれることに感謝していた。モテる男というのは苦難の連続だ。両思いになれば彼女がイジメられ、告白を断れば女性が傷つく。友達だと思っていた人は女性のおこぼれが目的で、利用された回数は計り知れない。
表向きだけ繕った山本は、田口の前でだけ本音を話すことができた。酒が入ると面と向かって悪態をつく田口のことが、信頼の証に思えて嬉しかった。
飲むにあたって、二人にはルールがあった。
『不快になったら、肘をついて烏龍茶を頼め』
相手が不快になるほど深酒しているのだから、烏龍茶で強制お開きにしようという意味だ。長年飲み交わしているが、一度だって烏龍茶を頼んだことはなかった。
普段通り田口の当てつけのような説教が始まると、山本は肘をつき、指を組んだ上に顔を乗せて、悪戯っぽくニヤリと笑った。田口を牽制して、慌てる姿をからかいたいのだ。烏龍茶を注文する予定はない。田口は思春期の娘から、汗くさい恥ずかしいと疎まれ落ち込むことが多かった。山本は、できるだけ田口に悟られないよう、励ましてあげたかったのだ。
そんな山本の隠れた本音をよそに、田口はハッとして動きを止める。
「ごめん。俺、踏み込み過ぎた?」
「ううん、全然。続けていいよ」
「いいのか?」
「うん、大丈夫」
「そっか、そっか」
山本の爽やかな笑顔に、田口はとろけるような笑顔で返した。
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