始まりと終わり

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 山本の前で、家族の話題は避けてきた。山本には家族がいない。正確に言えば、父親の居所はわかっているが、会ったことがない。  母一人、子一人で育った山本は、大学一年の半ばで母を失った。再婚した父親から援助を受けられず、金銭面では非常に苦労した。顔が整っていた山本は、夜のアルバイトですぐに頭角を現したが、陰湿な嫌がらせを受けるようになり、早々に辞めることに。年上の常連客のご厚意で、住む場所と、いくらかの援助を受け、大学を無事卒業することができた。  山本は金と時間の大切さを知っているからこそ誰よりも勉強し、国家資格を三つも取得した。  田口は、そんな山本の選択が気に入らなかった。大変な時に頼られなかった悔しさと、自分に山本ほどのコミュニケーション能力とエピソードがあれば、大手企業に就職できたと思うからだ。人見知りを改善するために飲みに遊びに時間と金を使っても、就職のイメージが湧かなかった田口は、就職活動で非常に苦労した。資格取得のために就職活動を遅らせた山本が、自分と同じ時期に、同じ会社の内定をもらったことが悔しかった。  「いいか?子どもができると、休みの日が休みじゃなくなるんだよ。俺は朝釣りに行きたくて前日に準備をしてたっていうのに、子どもが吐いた、熱を出したって中止とかな。予定なんて立てるもんじゃないね」  山本は、先ほどの笑みから眉一つ動かさない。田口は、山本相手に家族の話題で優越感に浸っていた。そうでもしないと、最近は特に落ち着かなかった。山本に辞令が下り、上司と部下の関係になるだからだ。  「それって悪いことなの?子どもが小さい時の思い出って、その時にしかないじゃない」  山本は、正論を田口にぶつけた。田口は待ってましたとばかりに話し出す。  「子どもがいないから、そんなことが言えるのさ。釣りのために仕事を頑張ったっていう日の朝に、無理だとわかる絶望といったら。一度じゃなく、何度もだよ。気が滅入るよ」  「ふうん」  田口は、山本の反応を確認した。姿勢を変えない山本の本心は読み取り辛い。飲みたくてウズウズしている田口に、山本は注文すればと言うように、メニュー表を差し出した。
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