着衣の口論

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着衣の口論

『今日は、西高東低の気圧配置で、この冬一番の冷え込みとなります。都心部でもホワイトクリスマスになるかもしれません。今日は暖かくしてお出掛けください』   リビングのテレビからアイドル顔負けのルックスをした人気の気象予報士の声がもれる。 「今日は外出しないで、家でおとなしくしておくのが一番ね」  リビングにいる裕子がテレビに向かってそう呟いている。 「彩希は今日どうするの?」  裕子が隣の部屋にいる彩希にきいた。  彩希はお気に入りの下着を身につけ、洋服ダンスから洋服を引っ張り出し、ベッドの上に並べ腕を組んでいる。 「これからちょっと出かけるわ」  下着姿の彩希はベッドの上に並ぶ洋服に視線を落としたまま裕子に返事をした。 「そうなの、今日は寒くなるから家でおとなしくしてたらいいのに」 「お母さん、今日はクリスマスイヴだよ、家にいるのはもったいないよ」  彩希の視線はベッドの上に並ぶ洋服に落としたままだ。 「友達と過ごすクリスマスイヴは楽しいかもしれないけど。仕事から帰ってきた時に彩希が家にいてくれたらお父さんきっと喜ぶのに」 「いいの、いいの、お父さんはお正月にでも気が向いたら付き合ってあげるから」  彩希はリビングに向かって言って、やっと決まった洋服に着替えはじめた。 「じゃあ、いってきます。お母さん、今日は、真人とデートだから晩御飯いらないからね」  洋服が決まってからの彩希は早かった。すばやく着替えを済ませて玄関へと向かった。  裕子が玄関まで彩希を追いかけてきた。 「彩希もこんな日は家で過ごせばいいのに」  裕子が一人言のように言った。  彩希は聞こえないふりをして、下駄箱からブーツを取り出した。彩希はそこで手を止めて悩んだ。しばらく考えてから取り出したブーツを下駄箱に戻してハイヒールを取り出した。 「今日は雪になるし路面も凍ってるみたいよ。ハイヒールはやめた方がいいんじゃない。転んじゃうわよ」  裕子が眉間に皺を寄せる。 「大丈夫よ。あたし、お母さんみたいに年寄りじゃないから足腰柔軟で強いし」  彩希はそう言ってハイヒールに足を入れた。  裕子は「フン」と鼻を鳴らした。 「寒いから暖かくして、気を付けていってらっしゃいよ」 「はーい、いってきまーす」  彩希は勢いよく玄関を飛び出した。 『カツ、コン。カツカツコン。コン、コン、カツ。カツコン』  ハイヒールの音が不規則に響く。  裕子の言う通り 路面は少し凍っていてハイヒールだと歩きにくい。彩希は足元に神経を集中させて歩いた。 『今日はめちゃくちゃ寒いな。彩希ちゃんよ、こんな日は、お母さんの言う通り外出せんと、おとなしく家で過ごした方がええで』  彩希が羽織るコートが気だるそうに言った。 『コートさん、あなたが仕事するのは、今日みたいに寒い日だけじゃないですか。今日くらいは頑張って仕事して下さいよ』  コートの内側のセーターがコートに向かってボソボソと言った。 『なんや、ちょっとムカつく言い方やな。普段、俺が仕事してないような言い方やないか』  コートが声を荒げた。 『だって、そうじゃないですか。いつもは、彩希さんの腕に抱えられてるだけで、仕事なんかしてないじゃないですか。コートさんはわかってないでしょうけど、僕はそんな時でも彩希さんの体を冷やさないように頑張って仕事してるんですよ』  セーターがコートに向かって言った。 『俺が彩希ちゃんの腕に抱えられている間、君らは俺がサボってるとでも思てるんか』 『だってそうじゃないですか』 『それは心外やわ。わかってないわ。君らが役立たずやから、急に寒くなって彩希ちゃんの体が冷えた時のために、俺は彩希ちゃんの腕でずっと待機してるんやないか。君らがしっかりしてくれてたら、俺は気兼ねせんとゆっくり休めるんやけどそうやないからな。ちょっと冷え込んだら、君らほんまに全くの役立たずやから、ずっと緊張感もって待機せなあかんねや。待機してる精神的な疲れなんか君らみたいなのにはわからんやろけどめちゃくちゃ苦痛なんやで。君ら偉そうに言う前にそこのとこ自覚しいや』 『コートさん、僕たちのことを全くの役立たずは、言い過ぎ違いますか。コートさんこそ、しっかりして下さいよ。今も寒風が僕のところまで、ドンドン入ってきてますよ。全然ガード出来てないじゃないですか』 「あー寒い、寒い、フーゥ」   彩希が体をすくめた。 『ほら、彩希さん、すごく寒そうにしてますよ』 『何、言うてんねん。俺はしっかりガードしてるわ。セーター、お前が彩希ちゃんの体をしっかり保温出来てないだけやろ』 『僕はしっかり保温もしてますし、寒風からもガードしているつもりです』 『ガードしてるつもりやと、ホンマ、つもりだけやな。君らは俺と違って、今日みたいな寒風にまともにさらされることないから、つもりっちゅう甘えた言葉が平気で出るんやな』 『コートさん、さっきから偉そうに言い過ぎですよ。あなたは出番が少ないから、楽じゃないですか。僕は秋からずっと彩希さんの体をあたためてきたんです。だから彩希さんもこの中で僕のことを一番信頼してくれていますよ』 『彩希ちゃんが一番信頼してるやと。自惚れも大概にせえよ。セーターよ、お前の代わりなんかなんぼでもおるんやで。そっちこそ偉そうにしとったら痛い目みるで』 『これから、コートさんと一緒に仕事するのは絶対に嫌です。彩希さんにお願いして、新しいコートに買い換えてもらいましょう。ちゃんと仕事する言葉遣いのきれいなコートにしてもらいます』 『お前にそんな権限ないわ。それに彩希ちゃんは俺がお気に入りやからな。捨てられるのはそっちやと思うで。今日かて、お前にするかもうひとつのセーターにするか彩希ちゃん、最後までえらい悩んでたからな』 『彩希さんは、僕を選ぶことの方が多いんです。僕を捨てることなんて、絶対ありません』   セーターは興奮気味に言った。 『せいぜい、そう思うとけや。それにしても、セーターも酷いけどスカートよ、何で今日みたいな日にお前が出てくるんや。今日は絶対パンツやろ。お前、彩希ちゃんの下半身、冷やしすぎやで』  次にコートはスカートに向かってクレームを言った 『そうよねー。あたしも今日は出番ないかなと思って油断してたんだけどさー、彩希さんのご指名なんだよね。だから、あたしも今何とか頑張ってるんだけど、パンツ君ほど役に立ってないわ。そこはあたしだって自覚してるわよ』 『僕が彩希さんの体を一生懸命暖めても、下半身から冷やされると、こっちの負担が大きいんですけど』   セーターまでスカートにクレームをつけた。 『ごめんなさいね、皆さんに迷惑かけてるのは、わかってるんだけど』 『カツン。コン、カツカツ、コン。カツ、カツン、コン』 『あなた達、もう少し仲良くしましょうよ。スカートさんも一生懸命なんだから、あまりイジメないであげてよ』  一番下から、ハイヒールが見上げて言った。 『そう言うハイヒールも何で今日出てくるんや。役立たずどころか、お前は足手まといになってるで』  コートがハイヒールにまでクレームをつけた。 『ごめんなさいね、わたしも今日はさすがに出番がないかなと思ってたんだけど、わたしもスカートさんと同じく彩希さんのご指名なのよね。あっ、冷たーい』 『彩希さんも僕たちの負担のこと考えて、パンツ君やブーツさんにしてほしかったですよ』  セーターがぼやいた。 『コートさんもセーターさんもスカートさんも大変だと思いますけど、皆さん、気付いてないようだけど、下着さんも大変なんですよ。彩希さんの汗を吸いながら、体温を維持するのに、黙々と頑張ってくれているんです。だから、みんな各々に頑張ってるんですから、彩希さんの為にみんなで協力しましょうよ。あっ、冷たーい』  水溜まりに浸かりハイヒールが濡れた。 『下着なんか一番楽やろ』 『そんなことないですよ。下着さんは本当に大変なんです。下着さんの大変さわかってあげてください』  ハイヒールが訴えるように言った。 『そうなんですか。僕たちから下着さんは見えなかったので知りませんでした。それよりハイヒールさんは今大変そうですね』  セーターがハイヒールを見下ろした。 『まあ、なんとかあと少し頑張るわ』 『みんな、頑張っるんですね』  セーターがしみじみと言った。 『そうよ、みんな頑張ってるわよ。冷たーい』  ハイヒールが悲鳴をあげた。 『コートさん、僕たちは少し考えを改めた方がいいんじゃないですか』 『なんや、偉そうに』 『偉そうにするつもりはないですけど、コートさんも大変なんでしょうけど、大変なのはみんなだということを理解した方がいいと思うんです。僕も自分だけが大変だと思ってましたけど、違う気がしてきたんです。だって僕はハイヒールさんみたいに冷たい水に濡れるわけじゃないし、下着さんみたいに彩希さんの汗を吸わなくてもいいですし、コートさんみたいに寒風をまともに受けるわけでもないですから』 『なるほどな。確かに俺も冷たい水たまりに浸かることないし、汗を吸うことはないわな。あんたみたいに長い期間仕事するわけでもないしな』 『僕たちがバラバラだと彩希さんに迷惑かかってしまいますから、協力し合わないといけないと思うんです』   セーターが反省気味に言った。 『そうですよ、みんなで彩希さんを助けてあげましょうよ。せっかく今日はこのメンバーが彩希さんに選ばれたわけですから、選ばれたメンバーで協力しあわないといけませんよ』 『僕は、これまで自分だけがキツイ仕事をしているとばかり思っていました』 『セーターさんも大変ですよね。それはみんな理解しています。でも、他のみんなも大変なんです』 『皆さんには各々の役割があって、そこで頑張ってるわけですから、そこを理解しないといけませんでした。コートさん、スカートさん、ハイヒールさん、本当にスミマセンでした』  セーターがみんなに詫びた。 『こっちこそ言い過ぎたな。申し訳ない。そうやな、みんなで協力せんことには彩希ちゃんの役にたつこと出来ひんわな。セーターよ、仲直りしてお互い頑張ろうや。寒風が来たら俺がガードするから、その間は少し俺の中で楽にしとけや』 『コートさん、今日は特に寒さが厳しいです。これから大変だと思いますがお願いします。寒風にさらされて本当に有難うございます』 『かまへんで。俺なんかよりハイヒールの方がキツいと思うしな。路面が凍ってるし、水溜まりもあるし、ハイヒール大丈夫か』 『何とか大丈夫です。もうすぐ彩希さんが真人さんと会います。そこからは真人さんの車で移動でしょうから楽になると思います。コートさんお気遣い有難うございます』 『ハイヒールさん、ホント大変ですね。車ではゆっくりあたたまって下さい。コートさんも車では、ゆっくり休憩しておいて下さいね。彩希さんは一日中デートのつもりでしょうから、日が暮れてからはコートさんに助けてもらわないと、僕たちだけでは彩希さんに風邪を引かせてしまいます』 『セーター、有難うな。お言葉に甘えて、車では休憩させてもらうわ。そのかわり、帰りはガッチリ寒風をガードするで』 『みんな仲良くなってよかったね。出来たらみんなで休憩したいね』  スカートがうれしそうに言った。 『みんなで休憩するためには、彩希さんと真人さんがデートで盛り上がることが必要ね』  ハイヒールがニコニコしながら言った。 『彩希さんと真人さんが盛り上がれば、みんなで休憩出来るの』  スカートがきいた。 『そうよ』  ハイヒールが意味深な言い方をした。 『黙々と頑張ってくれてる下着さんも休憩出来るの』 『そうね、真人さんの口説き方次第かな。彩希さんの今日の下着はデート用の特別バージョンだから、チャンスは十分にあると思うわ。下着さん、そうよね。あなたたちは彩希さんのデート用の特別バージョンよね』 『ハイ、そうです』 『いいね、いいね、俺はその時、休憩せずにのぞきに行くわ』 『コートさん、ダメよ。その時はみんなで休憩しましょ。仲良くね』 「真人、お待たせ、今日は寒いね」 「おう、彩希。今日は特におしゃれでかわいいよ。彩希がこんなにかわいいから、俺、今日はめちゃくちゃ張り切っちゃうよ」 『真人くんの様子見てたら、今日はみんなで休憩出来そうな予感がするわ』 『そうですね、スカートさんとハイヒールさんのおかげかもしれないですね。真人さん、さっきからスカートさんとハイヒールさんばっかり見てますもん。僕とコートさんには見向きもしませんよ』 『まっ、俺たちはそういう役回りってことやな』
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