無くした思い出

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 俺は気付くと、実家に向かう電車へと乗っていた。その手にはポストカードに描かれていたものと同じ絵が写されたポケットティッシュを握りしめられていた。両親は突然帰省した俺に目を丸くしたが、構わず物置へと直行した。 「あった!」  奥の奥に押し込まれていたかつてのコレクションは傷むことなくそこにあった。それらを手に取り、一枚一枚見る。当時の思い出が次々と浮かんでは消えてゆく。いつしか俺は涙が止まらなくなっていた。  翌日、俺は十数年振りに例の広場へと向かった。道は今でもはっきり覚えていた。大人の足で分かったが、そこまで長い距離は離れていなかったことに気付く。ものの十数分でそこに着くと、広場からは歌が聞こえてきた。俺はかつてそうしたようにその音の元へと向かう。小高い丘に一人の女性が座っていた。キャンバスに絵を描きながら。 「こんにちは」  俺は声をかけた。 「こんにちは」  彼女は中田優子は、一際眩しい笑顔でそう返した。  完
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