【サンプル】身代わりオメガと仮面の公爵

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 エミリヤが妹になりすましてこんなところに来ているのは、数日前にエレノアが帰省してきたことがきっかけだった。 その日、エミリヤは久々に会えるエレノアの為にご馳走を作ろうと、仕事が終わるとすぐに急いで帰っていた。今日は随分帰りが早いね、とすれ違う人に声を掛けられたエミリヤは、歩調を少し緩め大きく頷いた。 「今日は半年ぶりにエレノアが帰ってくるからね! 好物作ってあげなきゃ!」 エミリヤが笑顔で答えると、そりゃいいね、と笑顔を返され、エミリヤは、じゃあ急ぐから、と家路を駆けていった。 東西南北、そして中央の地域に分かれたこの国には、アルファの子は15歳になると中央に集められ特別な教育を受けて、将来は中央の貴族と婚姻するという規律がある。 そうすることで政を司る優秀なアルファが途絶えないようにしているのだ。 アルファ同士で掛け合わせすぎてアルファが生まれにくくなっているから地方から集めるようになったのだ、なんて噂もあるが、西地域の役人の息子にすぎないエミリヤにはそんなことはあまり関係ないし、エレノアが優秀で見目も秀麗なのでいつかは中央で活躍すると思っていたのでこの生活には疑問は抱いていなかった。 農地の広がる隙間に作られた道を駆け抜け、その先にある洋館の前で立ち止まったエミリヤは、一度息を整えてから、そのドアを開けた。ここがエミリヤと父親が暮らす家だ。 「エレノア帰ってる?」 エレノアも実家であるこの家から5年前に巣立ち、それからは半年に一度帰省する時に会うことしか出来なかった。 エミリヤは玄関から廊下を抜け、リビングへと入る。その途端、人影がこちらへと向かい、そのままエミリヤを包み込んだ。 「エミ!」 ぎゅっと抱きついたのはエミリヤが会いたかった妹、エレノアだった。 「ノア、元気だった?」 エミリヤがエレノアの背中を抱きしめる。双子な上、エミリヤがオメガということもあって、身長も体つきもあまり変わらない二人は、二十歳になった今でもとても似ていた。 「元気よ。エミも変わらない? 今は仕事に出てるんだっけ?」  エレノアが少し距離を取り、微笑む。そんなエレノアの背中を軽く押して、エミリヤは傍のソファに座った。当然エレノアも隣に腰かける。 「仕事っていっても、父さんの補佐だからなんとかやれてるよ。役所の人たちもみんないい人だし」  二人の父親は、西地域の更に南側の区長という役職についている。中央は今でも貴族制度が残り、政の全てを貴族で統治しているが、地方はこうしてその土地に住む者たちで社会を廻しているところが多かった。以前はこのあたりも辺境伯が管理していたようだが、その血筋も随分前に途絶えて、今の形になったようだった。もっとも、その辺境伯も具体的な仕事をすることはなく、今と同じように住民に役職を与えて管理していたらしいので、きっと体感的には何も変わらないのだろう。  ただ、件の規律が出来てから地方にはアルファが極端に少なくなったので、父のような存在はとても貴重なようで、父はエミリヤたちが生まれる前からずっと区長をしていると聞いた。父はこのあたりでは珍しいアルファだ。 「このへんにいるのはベータか、番持ちのアルファ、後はオメガだからエミにとっては生活しやすいよね」  エレノアのようにアルファはみな中央に行くので地方にはエレノアの言うバース性の者しか残らない。だからエミリヤにとってはとても安全に暮らせるところになっていた。万が一外で発情期が来ても襲われる心配は少ないし、事故番になる可能性もないに等しい。  役所で働く人も、ほとんどがベータだ。 「それに職員権限で役所の書庫の本も読み放題だし」 エミリヤの趣味のひとつに読書がある。けれど本も中央に比べるとまだ品揃えは良くない上に輸送費が上乗せされるので安くはない。職場に書庫があると知った時は仕事そっちのけで見に行ってしまったほどだ。 「それはエミにとって天国だね。……いいな、私も内緒でこっちに逃げてこようかな」  エレノアが表情に影を落とし、ぽつりと呟く。エミリヤがそれに首を傾げた。これまでずっとエレノアは中央での生活を楽しんでいたように思う。  たくさん勉強が出来て、色々なものが揃っていて、遊べるところもたくさんあって、地方とは違う経験をたくさんしている、と以前エレノアは目をキラキラと輝かせて言っていた。 「ノアは、中央が楽しかったんじゃないの? 一度行ったけどすごくわくわくするところだったよ」  中央は番のいないオメガの出入りを禁止している。当然、事故を防ぐためだ。けれど二年前のある日、エレノアに会いたくて、エミリヤはこっそりと中央へと行ったことがある。祭りの日の騒がしさに乗じたのと、エレノアが所属するアルファ寮の制服を借りたおかげでエレノアと一日遊ぶことができた。今でもあのドキドキは忘れていない。 「楽しかったよ。でも、こんなに早く結婚するとかは聞いてない」  嫌だよ、とエレノアがエミリヤに抱きつく。エミリヤはそんなエレノアの背中に手を廻しながら、驚いて、え、と声にした。  その声が大きかったのだろう、今帰宅したらしい父が、何かあったか? とリビングへと駆け込んできた。今日は父も帰りが早いのできっとエレノアの帰省を楽しみにしていたのだろう。 「父さん、おかえり……ノアが、結婚って……」  エミリヤが眉を下げて今聞いた言葉をそのまま口にすると、父もエミリヤと同じように、え、と大きく声をあげた。 ========== サンプルはここまで。 続きは同人誌「身代わりオメガと仮面の公爵」でどうぞ。 9/23 J.GARDEN56「そ25a」「MMbooks」でお待ちしています。
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