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【サンプル】身代わりオメガと仮面の公爵
自分の家のリビングと同じくらいあるのではないかと思うほど広く、見たこともない上品な調度品が並ぶ部屋で、何重にもレースとシルクを重ねた、着たこともないドレスに身を包まれたエミリヤは心臓が飛び出すのではないかと思うほど緊張していた。
相手には絶対に自分がエミリヤだとバレてはいけない。双子の妹エレノアだと信じ込ませた上で、エレノアは嫁にふさわしくないと思われなくてはいけない。それがエミリヤに課せられたミッションだ。
「今、旦那様がお見えになりますので」
エミリヤについていた侍女が、椅子に座っているエミリヤのスカートの裾を直す。エミリヤはそれにもびくりと肩を震わせた。侍女はエミリヤを女だと思って接しているので、こうして触れてくることも多いが、正直どこで自分が男しかもオメガだとバレるか分からなくて、小さなことでびくついてしまう。
けれど侍女はその過剰な反応を結婚相手に初めて会う緊張からだと思ってくれたようで、大丈夫ですよ、と微笑んだ。
「子を生す為の結婚とはいえ、すぐに手を出すような野蛮な方ではありませんから」
そうであってくれた方がよほどいい。婚前交渉をするような人とは結婚できない、と突っぱねることができるのだから、エミリヤの目的は達成してすぐに家に帰ることが出来る。エミリヤが、そういう雰囲気に持っていくのもありか? と余計な事を考えていると、部屋のドアがノックされ、ゆっくりとそれが開いた。
その瞬間、肌がびりびりと静電気でも纏ったかのように騒めいた。心臓もいつの間にか随分と駆け足になって、呼吸も乱れている。自分の体がおかしな反応をしている中、エミリヤは部屋に入ってきた男を見上げた。
黒のパンツに、金糸で刺繍の入った黒の上着、さらにその上から黒いフード付きのケープを身にまとっている。更に顔の上半分は黒い仮面で覆われていた。全身黒づくめで闇夜で出会ったら確実に悲鳴を上げてしまいそうなそのいでたちに、エミリヤは言葉を失って、ただ彼を見上げた。
「エレノア様、ご挨拶を」
侍女にせかされ、エミリヤは慌てて立ち上がった。
「エミ……エレノア・サリフと申します」
「……ラファエル・グラヴェロットだ。式の日までは館の中で自由にしていて構わない」
ラファエルはそれだけ言うと、すぐに踵を返して部屋を出て行った。
その途端、緊張が和らいだのか、さっきまで感じていた肌のしびれも妙な息苦しさも消えて、エミリヤは息を吐きながら椅子に腰を下ろした。
噂通り、仮面で顔を覆った冷淡な男。こいつにだけは妹を嫁がせてなるものか、とエミリヤはぐっと拳を握りしめた。
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