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半年ぶりに戻った我が家は、特に変わった様子もなく、なんなら水回りは自分が使っていた時よりもキレイになっている。知聖が気を使ってキレイに掃除をしてから出て行ったのだろう。
佳史はガランとしたクローゼットにスーツケースをそのまましまうと、傍のベッドに転がった。今朝も牧瀬とは口も利かず、手当たり次第に荷物をスーツケースに詰め込んで家を出た。荷物は駅のロッカーに預けて、帰り際に回収して帰ってきたのだが、それだけですっかり疲れてしまった。
「あいつ、使わなかったくせに布団まで干してくれたのか……起き上がれる気がしない」
知聖は、さすがにベッドは使えない、と佳史と過ごしていた時と同じように布団で寝ていたらしい。『確かに他人のベッドは使いにくいな』と言った時、知聖には『というより佳史さん、牧瀬さんとこのベッドでも寝てるよね? それ考えたら無理』と言われてしまった。それは尤もだと、恥ずかしくなったのを覚えている。
そういえば冷蔵庫も空にしたと言っていたのに、買い出しもせずに帰って来てしまった。腹の虫は鳴るものの、これから買いに行くのも面倒だ。
牧瀬の家に居た時は、こんなふうに転がっていても飯が当たり前に出てきて、食べ終わると適温の風呂が待っていて、上がると牧瀬がドライヤーと缶ビールを携えてソファに案内してきて、寝る頃にはすっかりトリミングされて洗濯されたシーツと牧瀬の腕に包まれて眠れに落ちていた。甘やかされていた自覚はある。
「でも、あんなふうに言われたら、反抗したくもなるだろ」
あなたは何もできないんだから傍にいなさいと言われているようで、腹が立った。そうではなくて、パートナーとして対等な関係でいるはずではなかったのか。だからこそ歳の差も関係なく、牧瀬を認めているし、自分のことを預けることも出来ている。
けれど牧瀬があんなことを思っているのなら話は別だ。やっぱりそれは腹立たしいしなにより悲しい。佳史は、うー、と無意味に唸ると、そのままため息を吐いた。牧瀬のことを考えると、それだけで頭の中も胸もいっぱいになってしまう。
佳史はもう限界だ、と思い目を閉じた。疲れた体には思いのほか早く睡魔が取り付いて、佳史はそのまま着替えもせずに眠ってしまった。
「どうしてアラーム鳴らないんだよって、設定解除してたの俺だよ! てかスーツもスーツケースに入ったままだし! 誰だよ、入れっぱなしにしたの!」
それも俺だよ、とため息を吐きながら比較的皺のないスーツを選んで着た佳史は、ネクタイを首に掛けただけで、慌てて家を出た。
いつもなら牧瀬が起こしてくれて、牧瀬の作った朝食を食べている間にスーツとネクタイを出してくれて、ネクタイも牧瀬が結んでいた。自分で出来る、と何度も断ったのだが、結びたいんです、と言われ続け、すっかり牧瀬に任せるようになってしまっていた。おかげで一人で結ぼうとすると、久しぶりなせいで一度できっちりと決まらなくて、結局駅に向かいながらネクタイを結ぶ羽目になってしまった。
当然ながら朝食も食べていないし、食べる暇もなかった。
一瞬、牧瀬と一緒ならこんなことになっていないかも、なんて思ってしまったが、そんなつもりで牧瀬と居るわけではない。いくら牧瀬が佳史を甘やかすことに喜びを感じていても、佳史はそれに甘んじるつもりはない。
「あいつがいなくてもちゃんと生活できるってことを、あいつが認めないと、一緒には居れないだろ……」
佳史は小さく呟いて、ため息を吐いた。
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サンプルはここまで。
続きは同人誌「いちばん大事な君のいちばん傍で」でどうぞ。
9/23J.GARDEN 「そ25a」「MMbooks」でお待ちしてます。
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