第1、5話 仕事「サイドストーリー」

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第1、5話 仕事「サイドストーリー」

鈴成蓮が黒瀬凛の手によって執行人日本支部。正式名称Crime Eradication通称CEに来る3時間前に2人の執行人が、上官から仕事の指示を中庭のソファで受け持っていた。 「鈴成蓮という男を攫ってこい」 「今サラッととんでもないこと言いましたよね」 「言ったわね~」 「居場所は東京の〇〇マンションの〇〇号室だ。鈴成は先程バイトを終えて自宅に電車で帰宅中だ家で確実に確保しろ」 「続けるのね~でも上官様?いつものスカウトなら話を通すだけでいいじゃない。なーんで、誘拐まがいなことするのかしら~ お姉さん気になるわー」 「貴様らは私の指示に従う駒であればいい詮索はするな以上だ」 上官がそう言い放つと無線を一方的に切られた。No.18もとい桜川リリネは頬を赤らめながら鈴成蓮という今回のターゲット い思いをはせていた。自分好みの男なら調教して従順にしてからたっぷり遊びつくそうと脳内でイメージしていると、隣の同僚が声をかけてきた。 「あら~なーに?櫂ちゃんようやくお姉さんと遊んでくれる気になったのかしら?」 「…遠慮します、そういうの好きじゃないので」 「ええーどうして?とってもいい事じゃない人と人が体を繋げて快楽に溺れる…これ程楽しいことって無いと私は思うわよ?」 リリネは昔から女と男両方いける口だった。男もいいが女は特によかった。体の柔らかさを利用した危ないプレイも甲高い喘ぎ声もリリネを興奮させる要素だった。だからこそ、自分で風俗を経営して遊び倒していた頃は本当に楽しかったのだ。 けれど今は上官の指示通り施設内の人間としか遊ぶことができない。CEは秘密組織で執行人は素性がバレたら報復の危険もある、そんな理由で性交渉相手の制限をされるのだ。 まあ内緒でちょっとだけ一般人と関係持ち続けているが上官は目を瞑ってくれているのだ。その甘さを利用して私は欲を搾取している。 「私ね自分より小さい子を見ると…抱きつぶしてみたくなるのよね~」 「…触らないでもらえます」 「うっふふ♡櫂ちゃんは優しいから拒めないのよね~でもね…そういう優しさは捨てないと悪い人に食べられちゃうわよ?」 リリネは櫂の腰に手を添えながら彼女のスラックスに指を入れ、彼女のラウンドカットのシャツの中に侵入していく。フェザータッチで触れていくと彼女の体は拒絶反応を起こして鳥肌を立てていく。彼女はようやく抵抗して腕に手をかけたが、体格差ならこちらの方が圧倒的に有利なのだ。 『センス』 「…っ!?」 『仕事の前に付き合ってね?』 櫂の腕が離れるとリリネはソファに横になるように指示を出す。櫂が理解ができないという顔をして固まってしまったため、彼女の体を押し倒しながらマウントポジションを取った。 そのままの体勢をキープしながらシャツのボタンをゆっくりと外していき、櫂の体に触れながら能力で感度を上げていく。櫂は苦しそうな顔をしながらも抵抗しない。いや抵抗することなんてできないのだ。 リリネは先程能力の発動時に櫂の聴力をゼロにしたことで、今の櫂は何も聞こえない状態だ。だからこそ指示を出したのも、耳が聞こえなくなった櫂でもわかるように教えただけなのだ。 まあ、でも櫂が能力を発動すればリリネの能力は通用しなくなる。けれど通常CE内では能力の発動が原則禁止されている。 これは以前、他のNo.sに能力者が実力勝負を乞われた際に大怪我を負わせて使い物にならなくしてしまった事故から、上官からルールだと決められたのだ。 つまり真面目な櫂は、こんな状況にも関わらず律儀にルールを守っているのだ。本当に愚かで可愛い子だとリリネは思いながら、 彼女の小ぶりな胸をブラ越しに触れながら感度をあげようと能力を再び使おうとすると中庭の透明ドアが勢いよく開いた。 「あら~凛ちゃんじゃない一緒にどう?」 「CE内で能力を使うなNo.18」 「冷たいわね~一度は夜まで語り合った仲じゃない」 「黙れ、あれは語りとは言わん」 「でもノリノリだったでしょ?」 「どうでもいいから…この人退けてください」 下にいる櫂がNo.27もとい黒瀬凛に助けを求めるのを聞いて溜息をつきながら上から退いた。櫂が素知らぬ顔でボタンを留めている姿を眺めながら黒瀬にちょっかいをかける。黒瀬は眉間に皺を寄せリリネを罵倒しながらも突飛ばしたりなどの暴力行為はしなかった。気が付けば櫂は着衣を整え終わっており、先程の乱れを感じさせない表情で仕事の話をしだした。 「今回の仕事は候補者である鈴成蓮の確保です…で、誰が先陣切ります?」 「お前らがやれ」 「えー凛ちゃん、前も後からだったじゃない偶には親族に説明しなさいよ~」 「俺の仕事は鈴成蓮の確保であって親族への詳細説明については命令されてない」 「ええ…凛ちゃんワガママ~」 「じゃあ親族への説明はこっち側でするので、黒瀬さんは鈴成蓮が自宅に帰宅した時点で確保だけよろしくお願いします」 「ええ、私も鈴成の確保がいいー」 「お前が居たら事が上手く進まねぇんだよババア」 リリネはババアと発言した凛の鳩尾に勢いよく膝蹴りを加えるが能力を発動されて防がれてしまった。 「あれ~CE内は能力使用禁止のはずなんだけどなー凛ちゃんルール破っちゃダメじゃない悪い子ね」 「急所を狙ってきたのはお前だろ、俺は自分の身を守っただけだ」 「さっきの自分の発言忘れちゃったの?CE内で能力を使うな…って自分の口で言ってたわよ?」 「相変わらず人の揚げ足を取るのが好きだなNo.18、少しは自分の事にも目を向けたらどうだ」 「私は自由主義だもの、好きに生きていくの。凛ちゃんと違って、ね?」 リリネは口だけの笑みを浮かべながら凛の胸元を人撫でする。凛は嫌悪を顔に浮かべながら中庭を出て行った。 残ったのは最初から居るリリネと櫂だけだった。 「はぁ…どうして挑発するような事ばかり言うんですか」 「だって面白いんだもの。まあ、どのみち仕事しないといけないし私達も準備しましょうか」 「はい」 リリネと櫂もようやく目的を思い出し中庭を出て行った。 鈴成蓮拉致予定時刻である1時間前である早朝5時になった頃。親族への説明もあるため、早めに鈴成蓮の自宅に訪問をしたのだが、現在ドアの向こう側でかなりの大喧嘩が始まった。 「あんたにいくら金をかけたと思ってんのよ!」 「頼んでないだろ!俺は自分の好きな学校に行きたいって昔から言ってただろ…」 「そんなの許さない…あんたは〇〇大学に入れるために近所で一番評判のいい塾に通わせてやったのに この親不孝者!」 「会話のキャッチボールもまともにできないやつを親なんて思えるかよ!」 しかもかなり心を抉るような発言ばかりでこの状態で説明なんかしても巻き込まれるイメージしか湧かなかったため、かれこれ30分近く言い争いが続いているのである。 後30分もしたら鈴成蓮が帰宅する。何とかして言い争いを止めて仕事を終えたいと考えていると、隣で珍しく大人しくしていたリリネが動き出した。 「ねぇ、もういっその事2人とも事故死に見せかけて殺しちゃわない?」 「ダメですよ。うちは一般人の殺しは犯罪行為をした人間に限定されてるんですから」 「でも聞いてる感じ精神的虐待っぽい雰囲気でしょ~…一応処分対象には入るじゃない」 「今回指示されてるのは鈴成蓮の確保だけですから…まあ証拠が出れば個人判断で処分してもいいですけど」 「ふふっ…櫂ちゃんも結構そういうところあるわよね嫌いじゃないわよ?」 リリネは櫂の能力で玄関の鍵を開けられるかと考えていたが、数日前のマフィアとの交戦の影響で能力の使用が困難に なっていたことを今思い出した。春馬がくれぐれも安静にしているようにと注意していたが、無理に使ったら怒るだろうか。 少しだけ起こった春馬の姿に興味が湧いた。 『おい…そっちの状況はどうなってる、もうすぐ鈴成が帰宅するぞ』 「説得したいですけど中で口論始められてそれどころじゃないです」 『ならどうにかしろ、こんな簡単な仕事でミスするな』 「わかってますけど、一筋縄では__」 『…何だ応答しろ』 「桜川さんがピッキングして家の中入りました」 『あのクソババアが…鈴成が最寄り駅に着いた10分で片付けろ』 インカムの無線が切れた音だけが鼓膜に響いた。 「だいたいお前は私に似たから甘やかして育ててやったのに!その恩を仇にするな!」 「いい加減にしろよクソババア!そうやって俺にばっかり構うから姉ちゃんも_」 「あいつは男に産んでやったのに女の恰好したいとか言うから躾けてやったんだ!」 「__そうだよ…確かに姉ちゃんは男だけどそれは客観から見た性別だろ?姉ちゃんは心は女なんだよ…」 「っは!だからなんだって言うんだい?私は女として男児を産んだ、だからあいつは男なんだよ!」 「それはあんたが決めることじゃないだろ、肉体的性別は男でも姉ちゃんは女でいたいんだからさ…」 「…もういいわ皆が私を否定するならいらないわ」 母はそう零しながらリビングに向かって歩いて行ったと思えば手に包丁を握ってこちらに戻ってきた。その包丁を俺に向けたと 思えば、勢いをつけてこっちに向かって走ってきた。 俺は咄嗟に横に避けるが服に包丁が引っ掛かったのか勢いよく床に叩き落された。 母はまさか包丁が引っ掛かると思っていなかったのか俺が倒れると同時に床に倒れたが、痛みに呻きながらも包丁を手探りで探していた。俺は服にからまっていた包丁を奪い返し、母にその切っ先を向けた。 「息子を殺そうとしたな…あんた頭おかしいだろ…」 「私はおかしくない…無くせば全部元通りになのよ」 「…お前みたいなやつの息子だと思うと俺は生きているのが辛い…」 「なら殺しちゃえば?」 「!?誰だ!」 俺は手に握っていた包丁の切っ先を母から侵入者に向けた。侵入者の姿は女性だったが身長が男と同じくらい高かった。 俺は自分より背丈も余裕もある侵入者に恐怖しながらも包丁を握る手に力を込める。 だが恐怖が混じったことで手が震えて切っ先の焦点が定まらなかった。 「あんた誰よ…私の家に何許可も取らずに入ってんのよ!!」 「ヒステリックね~ちょっとお邪魔してるだけじゃない」 「出ていけ!今すぐこの家から出ていけぇ!!!」 「うるさいわね…鈴成蓮の事で話があるのよ」 「…姉ちゃんのことで?」 「え、お姉ちゃん?__ああ、そういう感じね」 勝手に納得したような顔をした侵入者は俺に近づいていきた。俺は包丁を持つ手に更に力を込める。 「ねぇ…お母さんを殺したいと思ったことない?」 俺の耳にそう吹き込んでくる侵入者の言葉に覚えがあった。確かに何度も殺そうと考えたことがあった。 何故自分がこんな親のために自分の人生を捧げなければいけないのだと枕に涙で染みを作った日々を思い出す。 「そんなの何度もあるに決まってるじゃないか…何度この包丁を握ろうと思ったか」 「ならどうして殺さなかったの?」 「それは…」 「アナタのお姉さんね…これから人を殺すお仕事に就くの」 「_____は?」 侵入者は急に姉の話を始めたと思ったら、人を殺す仕事に就職するのだとか頭のおかしい発言をした。 人を殺すってゲームの世界じゃないんだぞ、何をふざけたことを抜かしているのだと侵入者を睨む。 けれど侵入者の顔は何ともない顔をしていて、その表情から嘘は読み取れなかった。 「何だよそれ…」 「アナタの人生からお姉さんは消えるけど…アナタの人生から消したいものはまだこの世にある。それってお姉さんだけ 勝ち逃げみたいで嫌じゃない?」 「勝ち逃げ…」 姉は母に罵られて生きているような人間だった。そんな姉を最初は馬鹿にしていた。けれどいざ自分が同じ立場になった時、 姉の苦労を身に染みて感じた。 だから、姉がしたいと思うことは出来るだけ応援するようになった。どんなに姉が男としての恰好を嫌がっても変だとは思ったけど、 口には出さなかった。 「姉ちゃんは…あいつに傷つけられて生きてきたんだ。これ以上傷つかないならそれで__」 「でも、アナタは自由になれないわよ?それだとアナタはこの醜悪の塊みたいな女に搾取される人生を送ることになる」 「それは…」 「殺したら楽になれるかもしれないわよ?お姉さんと同じで自由になれる」 侵入者は俺の耳元で相変わらず悪魔のような囁きを繰り返す。そういえば母の声が聞こえなくなった。 俺は侵入者の背丈のせいで見えない正面の先にいるであろう、母の姿を想像した。 いつも通り相手を罵る事に抵抗なく、顔は醜いくらいに歪んでいるのだろう。 その姿が思い浮かんだ瞬間、俺の中でせき止めていた何かが徐々に崩れ始めていた。 「お姉さんはあの女に苦しめられていた…アナタもあの女に自分の欲を押し付けられていた。 どっちも同じ事実でどっちも同じ考えに至ったことがあるはずよ?」 きっとそうだろう。俺と姉は同じ人間に自分の欲を向けられて生きてきたのだ。きっと同じ思考に陥ったことなんていくらでもあるはずだ。俺が母を殺したいと思ったように、姉も包丁を握ろうとした日があったかもしれない。 なら、間違いを犯す前に俺が終わらせれば姉を解放してあげられるはずだ。 「姉ちゃんは…きっと俺とは違う苦しみを持っていたと思う」 「そう…じゃあ私はこれで失礼するわね~」 侵入者はそれだけ言うと俺の視界から姿を消した。リビングのドアが開く音が聞こえた事から部屋を出て行ったのだろう。 母と話し合いをしなくては、どんなにクズでも向き合わないといけない問題なのだ。 「…母さん…はな…しを…」 母はその場で固まっていた。まるで壊れた人形のようにその場に座り込んだ状態でピクリとも動きが見られなかった。 心配よりも何も喋らない母に嬉しさを覚えた。家に帰れば母の怒声と生活する日々だった俺にとって、今の母は 理想だった。 『ねぇ…お母さんを殺したいと思ったことない?』 今なら母を殺せるだろうか。けれど殺人なんか犯したら姉に怒られる。だから、ダメだというのに… 「鈴成林司…No.27の判断により処分対象として執行済みと」 「桜川さんが唆した感は否めないけど…最後に判断したのは鈴成林司本人だからね」 「櫂も一緒に居たんだろ、止めなかったのか?」 「止めたところで鈴成林司は別のタイミングで母親を刺していた。私が止めたところで何も変わらなかったよ」 「人の衝動を止める術がないか…それこそ父親は育児に積極性は無かったみたいだしそれも母親の教育に歯止めが利かなくなった原因かな」 「機能不全家族…嫌な響きね」 あの家族はとっくの昔に壊れていた。本能をせき止めるための理性の壁。いつかは崩れ去るかもしれないという考えを持たなかったからこそ、この悲劇は生まれた。 鈴成林司もその母親も、思考を歩みを止めてしまったからこそ生まれた怪物だったのかもしれない。 「家族が壊れるなんて俺には想像できないな」 「壊れたら元に戻らないものよ、何でもね」
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