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鈴成蓮Side
『そこにいるNo.19に指導してもらいなさい、彼女は君と同じ元一般人だからな』
上官の言葉が耳から離れなかった。一般人の雰囲気を纏っていた女性は、あたしと同じ一般人だと言っていた。
なぜ、殺しという職業に彼女が就いたのかはわからない。けれど、彼女がこの仕事に対して嫌気が差しているような様子はあの時見られなかった。
あの人のようにあたしも麻痺して、殺しに対する嫌気が無くなっていくのではないかと不安が込み上げてきた。遠くで誰かがあたしを呼ぶ声が聞こえる。
「おい…個室に案内するから付いてこい」
「個室?部屋が支給されるんですか?」
「お前の場合は此処じゃなく教育施設に併設されてる寮部屋の一室だがな、明日の早朝5時から教育施設のカリキュラムに参加してもらう」
「早朝…何でしたっけ」
「お前、記憶力悪いのか?」
「昔から…記憶するのって苦手で…」
母の言葉を真に受けて傷がついた日から、あたしは記憶力が悪くなった。たぶん、心の自己防衛みたいなものが働いて記憶力にセーブがかかってしまったのだと思う。
でも、もともとそこまで記憶力がいい訳では無かったから元からかもしれない。自分でも原因はわからないが、あたしは家族の中で一番記憶力が悪かった。弟はどんな事でも一度やれば出来る器用な子で、あたしは何十回もやることでようやく一回成功するような人間だった。
今思えば、母が弟の教育に力を入れていたのは上のあたしに見切りをつけたからだったのだろう。
「…その程度じゃ俺を殺すなんて目標には到達できないぞ」
「?!…はい、必ず殺せるくらい力をつけます!」
「その威勢が続くといいな?」
何となく馬鹿にされている気はするが、あたしは目標を心にしまった。決心を胸にすると同時に浮かんできたのは、弟の顔だった。
家族の中で自分を唯一認めてくれた弟、林司。
安らかな生き方をできなかった弟の、人生の終わりをあたしは見届ける事ができなかった。弟が死んだ時は悲しさより先に、一人の命がこの世から消えたという虚無が来た。
その後にこみ上げたのは、弟の首を刎ねた黒瀬への憎悪だった。
弟は刑務所に入って更生して生きていくはずだったのだ。それを黒瀬が一方的に弟の人生を終わらせた。国民の安全を守るために、あたしの弟が死んだと口にする声の主にも正直腹が立った。国民の命と弟の命が勝手に天秤にかけられて、弟が死んだなんて全くもって笑うことができない。
けれど、今のあたしには彼らに復讐する力はない。ならば、内部から全てを壊してやる。
これはあたしが弟の死に落とし前をつけるために必要なことなのだ。例え、自分の手を染めても完遂させなければいけない。
そのために、利用できるものは何だって利用してやる。
「絶対に殺しますよ…黒瀬さん」
「___悪いが、そう簡単には殺されない」
黒瀬への宣戦布告は本人には何も響いていないのが顔でわかった。
でも、あたしの中にあるすっきりしない部分は消えた。
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