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部屋にチャイムが響く。
時計の針が9時を指している。
誰だろう。
しばらく反応がないと、また、チャイムの音。
今度はドアの向こうから名前を呼ばれている。
『警察』らしい。
慌てて起き上がり、恐る恐るドアに顔を近づける。
「朝早くから申し訳ありません。少しお話よろしいですか」
年配刑事の穏やかな声が聞こえる。
立て付けが悪いドアがゆっくり開く。
「はい……」
「昨日、向かいのアパートで強盗がありまして」
「はぁ……」
「外泊中だった単身高齢者宅が狙われ、犯人がまだ逃走中です。昨日夜、不審な人物を見たりしていませんか?」
「ずっと家にいたから……」
「失礼ですが、学生さんですか?」
「フリーター」
「お一人で住んでるんですか」
「まぁ」
「そこにかかっている女性物の上着は?」
「……別れた彼女が置いていったやつ」
「そうですか。今日お仕事はお休みですか」
「夜バイトだけど」
「どちらに?」
「駅前の居酒屋」
「ちなみにこのアパートにも高齢の方は住んでいますか?」
「……左隣の部屋。だいぶ年寄りのばぁさん」
「その方も一人暮らし?」
「いや、家族と住んでると思う」
「そうですか。ん?ちょっと待ってください。失礼。お隣、ご主人が先月亡くなって今はお一人のはずって、上の階の方が先ほど」
「え……」
「どうしてご家族と住んでいると思ったんですか?」
「よく『ただいま』って声が聞こえるから」
「聞こえるんですか?」
「こんなアパートだから、隣の部屋の声とか音はわりと聞こえる」
「なるほど。亡くなった後も以前の習慣のまま生活をされているのかもしれませんね」
「……もういい?」
妙な間があく。
「な、なに」
刑事が「いえ」と穏やかに言う。
「ご協力どうもありがとうございました」
深夜、鍵を開ける。
暗闇の部屋に忍び込む。
隣りが一人暮らしだったなんて。
こんなチャンスはない。
と、いきなり部屋の電気が点き、振り返ると玄関に刑事が立っていた。
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