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三角屋根の天幕と、締め切られている正面の様相から、集会用テントがイメージされた。
であれば、ちょっとした奥行きがありそうなものだが、ほかの屋台より顔を参道へ突きだしている、ということもない。
では、このテントのエリアだけ、奥のスペースがあるのだろうか。
自然ととめていた足は目をあげさせた。
屋台群の背後には、松の枝々の大いなる張りだしが続いていたが、テントの頭上には見られなかった。
酉の市関係者の控え所か……救護所か……。
それにしては、参道の上に流れる提灯と、隣の屋台からの明りに浮き彫りとなっているくすんだオレンジ色が、どうもそぐわない気が……。
勝手な想像と訝しみに次いで、テント正面にさがっていた細長の板に記されている文字が、
はて……。
自ずと参道を横切らせた。
古びたベニヤにあったのは、
《脱走妻の小屋》―――墨の太字だった。
だっそうづまのこや。そう読むのだろうか……。
板の斜め下には、
「見物料○○○圓。但し、御代は御気に召せば」
と書かれた段ボールも貼りつけられており―――。
見世物小屋的なものだろうか……。少なくとも控え所、救護所の類でないことは間違いない。
だとして、この奇妙な名前の小屋は、いったいどんなものを見せるのか……。
と、
肩に軽い衝撃を覚えた。
途端、
「あ、すいません」
謝罪の声があり、若いふたり連れが背後を抜き去っていった。
いくら客の密度は低まったとはいえ、人混みの範疇であることは変わりない。
邪魔になってはいけない。と、流れを避ける場所を目で探したのは、
興味はあるが、はたして時間的にも金銭的にも、損はしないか……。
という葛藤を解消するためで。
並ぶ屋台の一番端に位置していたテントは、境内の外塀との間にわずかな隙間を保っていた。
人ひとりがちょうど通れるほどの幅は、好都合だった。
思った通り奥に長かったテントの横幕へ耳を寄せるも、物音は拾えなかった。
客は入っていないのか……。
生来、気味の悪いもの、奇怪なものに惹かれる性質であったので、過去にも見世物小屋の看板をくぐったことはあった。当時でもすでに数えるほどになっていた小屋のいずれからも、演者の張った声、客のどよめき、悲鳴などは、例外なく届いた。
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