【良木・1】

4/7
前へ
/124ページ
次へ
 天井に這うパイプから吊るされた黒布は、片端をテント横幕にぴったりとつけ、小屋の横幅、三分の二ほどを塞いでいた。  目隠しの役割―――。自ずと察せられた。漆黒の向うに何物かがあるであろうことも、しかり。  予想外に暖かかった小屋内は、外のざわめき、屋台からの雑然とした香りを、不思議と遮断していた。厚手な感じではあるが、テントの生地にこれほどの防寒、防音、防臭の効果があるとは知らなかった。  視線を上向かせると、目隠しを吊るすパイプには裸電球も同居しており、外観からの想像を裏切る明るさを呈していた。  つと、耳に神経を集中させた。  話し声……。足音……。衣擦れ……。息遣い……。―――客のいる気配は感じられない。  ゆっくりと暗幕をまわり込んだ。  うっ……!  まったく予想だにしなかった光景が刹那、息を呑ませた。  これ、は……。  目隠しの内側にさがる同種の電球が浮きあがらせていたのは、  人形―――。  しかもそれは、人間そのものの姿形をした―――、  一目でわかった。  ―――蝋人形。  ただ、目を瞠らせたのはつくりの精巧さではなく―――、  やはり見世物小屋だ……。 “二体”の、淫靡に合わさった体勢だった。  一糸まとわぬ人形たちは、黒土が剥きだしになっている地面に敷かれたござの上で、固まった痴態を披露している。  今にも絶叫をほとばしらせるのではないかと思うほどの、悦楽に歪んだ女のリアルな表情は、それでも美形がありありとわかり―――。  攻め立てる満悦を存分に浮かべている他方の一体も、見事に整った顔で、ほどよい大きさの胸を反らせている。  空腹は消え失せていた。  でも、なぜ……。  かまぼこの板をひとまわり大きくしたほどの札が、ござの片隅に立っていた。これもダンボール製。 『つり橋』  正常位系で合わさっているふたりの、その体位の名前なのだろう。四十八手の一つか……。  フォーカスを二体に戻した。  でも、なぜ……。  喉の奥での再びのつぶやきは、絡み合うのが二体の女、だったことに対してではなく―――。  でも、なぜ……顔、胴、手足、そして髪―――四体すべて同じなのか……。  まるで双子の姉妹……。いや、同一人物といったほうが正解か……。  いずれにせよ、男女よりも女同士のほうがより興奮をかき立てられる、と考えられたからの、この展示作品なのではないか……。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加