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天井に這うパイプから吊るされた黒布は、片端をテント横幕にぴったりとつけ、小屋の横幅、三分の二ほどを塞いでいた。
目隠しの役割―――。自ずと察せられた。漆黒の向うに何物かがあるであろうことも、しかり。
予想外に暖かかった小屋内は、外のざわめき、屋台からの雑然とした香りを、不思議と遮断していた。厚手な感じではあるが、テントの生地にこれほどの防寒、防音、防臭の効果があるとは知らなかった。
視線を上向かせると、目隠しを吊るすパイプには裸電球も同居しており、外観からの想像を裏切る明るさを呈していた。
つと、耳に神経を集中させた。
話し声……。足音……。衣擦れ……。息遣い……。―――客のいる気配は感じられない。
ゆっくりと暗幕をまわり込んだ。
うっ……!
まったく予想だにしなかった光景が刹那、息を呑ませた。
これ、は……。
目隠しの内側にさがる同種の電球が浮きあがらせていたのは、
人形―――。
しかもそれは、人間そのものの姿形をした―――、
一目でわかった。
―――蝋人形。
ただ、目を瞠らせたのはつくりの精巧さではなく―――、
やはり見世物小屋だ……。
“二体”の、淫靡に合わさった体勢だった。
一糸まとわぬ人形たちは、黒土が剥きだしになっている地面に敷かれたござの上で、固まった痴態を披露している。
今にも絶叫をほとばしらせるのではないかと思うほどの、悦楽に歪んだ女のリアルな表情は、それでも美形がありありとわかり―――。
攻め立てる満悦を存分に浮かべている他方の一体も、見事に整った顔で、ほどよい大きさの胸を反らせている。
空腹は消え失せていた。
でも、なぜ……。
かまぼこの板をひとまわり大きくしたほどの札が、ござの片隅に立っていた。これもダンボール製。
『つり橋』
正常位系で合わさっているふたりの、その体位の名前なのだろう。四十八手の一つか……。
フォーカスを二体に戻した。
でも、なぜ……。
喉の奥での再びのつぶやきは、絡み合うのが二体の女、だったことに対してではなく―――。
でも、なぜ……顔、胴、手足、そして髪―――四体すべて同じなのか……。
まるで双子の姉妹……。いや、同一人物といったほうが正解か……。
いずれにせよ、男女よりも女同士のほうがより興奮をかき立てられる、と考えられたからの、この展示作品なのではないか……。
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