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少女人形のテーブル―――それは、お嬢さまの子ども時分のお姿を彼女に重ねてしまい、「いかなるときもおそばにいたい」という想いを、自然とわかせてしまっていたから。
足もとでは、初夏まで楽しめる種類のシクラメンが出迎えてくれた。先端に上品なピンクを添えた純白の花びらが、しばし眺めていたい欲望をわかせる。
今日もいつもの席は空いているだろうか……。思いながら《992》のドアベルを鳴らした。
冷やされすぎていない空間が、汗ばみを増していた躰にありがたかった。
「いらっしゃいませ」
彼女の変わらない笑顔が、すぐ視界に映った。
この店のスタッフは彼女しか見たことがなかった。
未だ挨拶とオーダー以外の言葉を交わしたことのなかったわたしの頭は、今日も問いを浮かべる。―――彼女が店主なのか……。
どこのボックスにもブラインドはおりておらず、先客の気配はなかった。
メニュースタンドへ手を伸ばすことなく、アイスティーを頼んだ。このオーダーも毎度変わらないもの。
テーブルに置かれたお冷を一気に喉へ流し込むと、シートの背へ身をあずけた。
目当てのボックス席に着いていたわたしの視線は自然と少女人形に流れ、思考はこれも自ずと、あの悩み事へと動いた。
暇を出されるようになったのは、梅雨入りのころからだったか……。
以来不定期で……。
そして、今日も……。
当然わけをお尋ねした。
『友人がくる』
『いい大人になって、まだ面倒を見てもらっていると思われたくない』
『裕福を見せびらかせるようで嫌だ』
―――それが理由。
暇のお達しは結構あった。それも数日続けて。
そんなにご友人が訪ねてくるとは、とうてい思えなかった。
だいたいここ数年来、お嬢さまがお客さまを招かれるようなことはなかった。それがいきなり―――とは、とても考えづらかった。
ただ日曜日はお休みをいただいているので、その日のことは不明ではある。でも、来客があった形跡など、週明けのお勤め時に見つけた記憶はない。
お嬢さまの理由は―――嘘。
以前のお嬢さまであれば、嘘や隠し事などまったくなさらず、なんでも正直に話してくださった。―――まるで仲のいい母娘のようだ……と、勝手だけれども思わせていただいていた。
ではなぜ……。
疑問はすぐに不安を連れてきた。
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