【九沓・1】

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 再び店へおりてみると、 〈大丈夫かな〉 〈問題ないでしょ、ずいぶんさっぱりした顔になってるから〉 〈疲労はお肌の大敵でございますわよ~〉  幻聴がまた襲った。  と、 〈幻聴じゃニャいんすよね〉 〈まあ、そう考えるのも無理はないかもな〉  幻聴じゃない……。  えっ―――彼ら、私の意識読めるの……。  ううん、違う。これって私が勝手に思い描いたことを、勝手につくった声に乗せているだけよ。 〈とりあえず信じるってことで手打たないと、あんた、本当におかしくなっちゃうわよ〉  えっ―――この声も、自分で考えているの!? 〈違う。あたし、アリス本人の声であって思考〉  アリス……。   うそだっ! アリスだけじゃなく、すべての人形たちの口は動くようにつくってはいない!  ううん。仮に可動式にしたとしても、喉も声帯もないんだから、声なんて出るわけない! 〈しかり。ゆえにお主の鼓膜を通してではなく、直接頭の中へ語りかけている〉  私の両手は自ずと両耳を強く塞いでいた。にもかかわらず、声はクリアーに響いていた。   だから、この男性の説明は理に適っている―――。  いや、なに考えているの私は!? だからといって、幻聴じゃないとはいいきれないじゃない! 〈こんな理路整然と、いろいろな声が長々聞こえてくるって、幻聴とは考えづらくない? 明確な幻聴の定義は知らないけど〉  今度は誰?  兎です。  うさぎ……。兎ってこんな声なんだ……。ううん、今そんなことはどうでもいい。  たしかに―――たしかに兎―――と名乗る者のいうことも頷けなくはない。  ではなんだ……。  幻聴ではない。だとすると……。  そうか!  ―――いや、でも、いきなりそんな障害が発生するもの? いくら疲労の蓄積が限界を超えたとしても……。 〈多重人格でもないって〉  あきれたようなアリスの声が聞こえた。  ええぇ~!? やっぱり読めるの!? 〈うん〉 〈たぶんあっしら、ほかの人間の頭の中も読めるんでニャいかな?―――あ、手前、猫でニャんす。以後よろしゅう〉  兎はしっかりしゃべるのに、猫はこれ?  〈へんでニャんすか?〉  へん! っていうか、すべてがへん!  再び二階へ駆けあがり、毛布を頭からかぶった。充分横になった躰に、眠気など襲ってくるはずもなかった。  どれぐらいの時間そうしていたか―――。
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