【九沓・1】

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 このままずっとベッドの上にいるわけにもいかず、仕方なく階下へと、恐る恐る向かった。 〈まあ、存分に調べればいいわよ。そうすれば、自分が多重人格なんかじゃなく、あたしたちの声も、あんたがつくりだしたものじゃないってわかるわよ〉  アリスの声でいわれた。しかしそれ以降、頭内に届いてくる音はなくなった。  そう、アリスはやはり、  “病院へいく前に、まずは自分で多重人格について調べよう”  という意識を読んでいたのだった。  多重人格―――解離性同一症には、いくつかの典型的な症状があるらしい。  中でも注目したのは「複数の人格」。  その症状には、憑依型というものと、非憑依型というものがあるそうだ。  前者は、自らの中にいるべつの人格が、ほかの人の目にもわかるという。今までそんなことを匂わされたり、指摘されたことはない。だが逆に、非憑依型ははたから見て、別人になっているなどとは思われないらしい。  となると、私は後者に分類されるのではないか……。  しかしだ、自分が王女やアリスになっている感覚など、私にはまったくない。ただ、彼女らの想い、考えを、声として聞いただけ。そのときも、自分の意思、躰は、すっかり自分のものだった。  これでも私は、多重人格―――解離性同一症なのだろうか。  ただ実際、 “人格が互いにやりとりをするため、声が聞こえる。自身に直接話しかけてくることもある”  という罹患者からの報告はあり、この点は私に合致する。  しかし、 “複数の人格が同時に話しをし、混乱する場合もある”  という証言は、私には適合しない。人形たちの会話は、しっかりと順番が守られ、内容の筋道もまとまっていた。  そもそも、子どものころにひどいストレスやトラウマを経験した人に発症しやすい―――といわれるこの症状だが、ごく普通の家庭で、厳しくもなく、かといって緩くもなくしつけられた私に、そんな経験はまったくないといいきれる。だからといって、罹患可能性はまったくないとは、それこそいいきれないことなのかもしれないが……。  結局、「わからない」という結論にいたると、 〈つまるところ、この現象が起こったのは、操がぼくたちに命を吹き込んだからなんだけど、まあ、わからないんだったら、そのままでもいいかもね〉  白兎の声で、人形たちのおしゃべりは再開された。
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