【九沓・1】

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 に傾斜したが、それでも完全に引っかかりが解かれたわけではなかった。  だが、声は店内にいるときに限りで、疲労時や仕事中は、同空間内にいても不思議と届いてこなかった。 『私の意識が知らずにそうするの……』  尋ねると、 〈自分たちの配慮〉 〈生みの親の生活に支障は起こせられないから〉  と、殊勝な答えが返ってきた。  たしかに妨げはなく、逆に、暇なときはいい話し相手にもなるので、 “そのままでもいいかもね”  という白兎の意見だけではなく、私自身も声を出さず彼らと交流が持てる不思議をも、今ではすっかり受け入れていた。  また、ずいぶん以前から、ごく微かにだが、人形たちは勝手に動くようになった。移動の欲望を持っていたら、いつの間にか可能になったという。  ではいずれ、人間と同じような関節を持っている彼らは、店内を、いわんやこの世界を、闊歩し始めるのだろうか……。  命が宿っているのなら、そんな推測も不合理ではない……。 “自殺願望を起こさせる事故”について戦わせていた会話は、“自分に原因がある”とはどういったことか―――に移行していた。  私も意見を求められたが、わかるはずもなく、ただ首をふった。  それからも続いた彼らの憶測に耳を傾けるだけでいた私だったが、脳内の半分以上は、   老婦人をどこで見たのか―――。  の探索に今日も費やされていた。 〈また客のいないとき、新たな思考を展開してくれればのお〉  背高帽のしかつめらしい台詞で、店内はしばらく、ピアノの音色だけとなった。
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