【九沓・2】

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 その真の意図はわからない。ただ、新郎新婦とも私たちと同い歳の三五なので、“いい歳なんだから”という見方は、今の時代あてはまらないのではないか。 「次は靴か。あ~あ、今月はインスタントラーメンの日々だ」  大仰に天井を仰いだ美緒の横顔に、 「だったら、ディナーやめる? 私はべつにいいけど」  肩にあった彼女とは違うブランドのショッパーバッグをかけ直しながら、すました声を向けてみた。  今夜はイタリアンで爆食しない?―――美緒からの提案だった。 「やめない。久しぶりの外食なんだから」  は、怒ったような口調で返った。  久しぶりの外食、インスタントラーメン―――。  まったく生きていくのがやっと、と電話のたびに彼女は洩らした。ほんとかどうかはわからないが、たとえそうであっても、自分の好きな分野を生業にして生活していけているのは幸せだ。  女なのに変わった仕事。―――そんな台詞を口にしたら、当世さすがにまずいだろうが、思う人は多いのではないか。  しかし、彼女にそんな意識などなかった。だからこそ、優秀な成績ゆえに得られた、教師、学芸員の資格など頼りにはせず、バイトで入った今の会社で、すんなり社員となった。  仕事の話をしているときの輝いた美緒の顔は、彼女の間違いのなかった判断を物語っていた。  エントランスを出ると、熱気が一気に全身を襲った。副都心の街は日暮れにもかかわらず、七月半ばの昼間の温度を、ほとんど弱めていなかった。  人波に埋め尽くされる広い歩道が、今度こそ心身の疲労を覚悟させた。  味奈子のパーティーは九月の頭。なので、そう購入をあせる必要もなく、私のイベントで着る服も、すぐにというわけではなかった。だが、  どうせ九月にせまっても街の不快指数はさがらない。だったらさ―――。  との、美緒の続けた提案にも首肯し、私たちは今週末までのサマーセールに照準を絞ったのだった。  目的のイタリアンの店へ足を向けてすぐ、艶やかな色の浴衣を、往き交う人の中に見つけた。ひとりふたりではなかった。 「お祭りかな?」  私と同じ考えを口にした美緒は、 「あ、やっぱりそうだ」  人波の頭上へ向けた目でいった。  彼女の視線にならうと、「祭」と書かれた紫色の旗が、流れる雑踏の上のいたるところでゆらゆらと波打っていた。
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