【九沓・2】

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 一日の乗降客数日本一のS駅。その私鉄改札で待ち合わせた私たちは、陽をよけようと地下道を使ってやってきた。百貨店内へは、地下からそのままのぼっていける。  祭りの開催に気づかなかったのはそれゆえだったからか……と刹那思ったが、地下にも祭事を知らせるなにかしらの広報物や浴衣姿はあったはず。なのに気がいかなかったのは、久しぶりに合わせた顔での夢中なおしゃべりが、視野をひどく狭めていたからだろう。 「とすると、H神社か」 「だわね」  H神社―――。  副都心に鎮座するこの大規模神社はとても有名。S駅からも歩ける距離であり、今買い物をした百貨店からも近かったはず。 「夏祭りなんて、とんと足運んでないな~」  といった美緒の、 「だから、ちょっと寄ってく?」  弾んだ声に頷いたのは、私も同様、その夏の風物詩をずいぶんと味わっていなかったから。  自ずとわいてきた昂揚感が、体感温度をわずかにあげたようだった。 「この子たち、どうやって知り合ったのかしら」   さも解せない、といった口ぶりで美緒がよこしたのは、緩慢な境内の流れに身を任せることしばしのち。 「この子たち」が、ふたり寄り添い歩くアベックたちのことであるのは、問い返さなくても彼女の目線でわかった。 「さあ」  彼女の意識が仲睦まじいふたり組にいってしまうのは、味奈子に先を越されたからにほかならない。  都会が放つ強烈な寒色照明の中に浮かびあがった異次元。陽がすっかり落ちてからの暖色の輝きに包まれた神域は、そんな感覚を抱かせ、高揚感をさらに強めた。  都会の雑踏と違い、祭りの境内の人混みは、閉塞感、疲労感を不思議と抱かせない。それは、日常的ではないゆったりとした人の流れに加え、笛、太鼓、祭り客の楽しげな声のBGMが、鼓膜に心地よく響き続けているからか。―――と推したとき、お腹が鳴った。  参道に充満する屋台からの雑多な、それでも食欲を刺激してやまない香りは、鳥居をくぐる前から誘惑の手を伸ばしており、その都度、  イタリアンが待っているから!  と、胃袋をなだめるのに苦労もしていた。 「いい歳して合コンなんて、恥ずかしいと思わない?」  話題が味奈子のものにすり替わったのは、これまたすぐにわかった。 「べつにいいんじゃないの?」
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