【九沓・2】

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「だとしてもイヤ。だいたい今月はインスタントラーメンの日々送る人が、いくら希少なものだからって散財していいの? どうしても観たいっていうのなら、おひとりでどうぞ」  今度は私がボリュームを落とし忘れていた。 「……いわれてみれば、余計な出費はたしかにいかんな」  ちょっと考える表情を見せたあと、美緒は素直に引いた。 「それにお腹ももう、エンプティに限りなく近くなってるし」   と、彼女が腹部をさすったのをきっかけとして、私たちの爪先は大鳥居へと向けられた。  入っちゃいけない見世物小屋―――。  多少興味をわかせていた私は、再び乗った緩慢な流れの中で、それはどういったものなのか、尋ねた。  ―――いったん入ったら最後、消えてしまう。  ―――お祭りや酉の市に出没するが、どこの神社に出るかは定まっていない。  ―――はっきりした名前も、どんな演し物を見せるのかも不明。  そう端的に説明した美緒は、 「ずっと昔からあったらしいけど、あたしがはじめて聞いたのは小学校のころ。あの時代、まだ都市伝説なんて言葉なかったから、まあ“怖い噂話”っていう感じで通ってたんじゃないかな。  そもそもは、子どもが見世物小屋なんかに入っちゃいけないっていう注意の目的で流されたんでしょうけど、実際、その伝説なぞるような事件、身近であったのよね」 「ええ~」  高学年のころだった―――。わずかに硬さを見せていた横顔は続けた。  自分の通う小学校と同じ学区にあったべつの小学校の女子生徒が、地元の神社の祭りで行方不明になった。  他校のことなのになぜ知ったか。それは、自校の生徒、その小学校の生徒、双方数人ずつが同じ塾に通っており、交流があったからだった。  祭りに限らず、人の多く集う場所には、決してひとりではいかないように。と、自分たちにも現に、事件後達しがあった。だから、“行方不明”は間違いなく事実だと思った。  消えた女子と一緒に行動していた友人によると、境内ではぐれてそれっきりになった、ということだった。  向うの学校の生徒たちの間では、すぐに“入っちゃいけない見世物小屋”の話題が口にのぼった。  ただ同行していた子は、それらしきものなど見なかったと話した。地元の神社ゆえ、ほかにも同校の生徒は大勢境内にいた。その中では、見たという子もいた。
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