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すべての登場人物が、微細も変化なく同一だったのは、いったいどういった意図からだったのか……。
疑問が彼女たちの「美」への名残惜しさをわかせ、今一度『宝船』と対峙した。
それぞれの展示作品の前で、はたしてどれほどたたずんでいただろう……。
その間、新たな見物客の足音はなかった。いや、彼女たちの狂喜の世界に閉じ込められていた私であるゆえ、「なかったはず」といったほうが正しいか……。
“コトッ”
微かな音が、思考を切った。
横にさがる幕の向うからだった。
やはりスタッフはいたのか……。
もしや音を立てたのは、「そろそろ出るか戻るか決めてくれ」という意思表示だったのかもしれない。なにしろ『宝船』にももちろん、私はずいぶんな時間を費やしていたのだから。
名残惜しさをふり払い、教鞭をとるようになって以来使い続けている黒革の手提げバッグから、同色同材質の財布を抜きだした。
ゆっくりと幕をまわり込むと、すぐに小さな机が目に入った。―――小学校で生徒が使う、あの。
それにこちら向きで着いていたのは、髪の長い女性だった。うつむき加減でいたのではっきりとはわからなかったが、垂れた前髪から覗く、鼻、口もとの肌合いから、若い娘という印象を受けた。
このような店の番人が……。
予想外が戸惑いを生んでいると、
「ありがとうございました」
そのままの姿勢で送られた礼は、しゃがれたような、くぐもったような―――若者には似つかわしくないもので……。
寝てでもいたのだろうか……。それで無意識に動いた躰が、音を立てたのか……。
「あ、どうも……」
というぐらいしか返す言葉は見つからず、小さな手提げ金庫が置いてあるだけの机上に、リーズナブルといっていい範疇に入る見物料を置いた。
「ありがとうございました」
再びのしゃがれ声とともに、今度は顔があがった。
あっ!
今一歩で音になるところだった。
“若い娘”の見当はあたっていた。それも二十歳そこそこといった……。
展示の彼女らは、苦悶、悦楽、狂喜で歪んだ顔をさらしていた。目の前の彼女は、ほとんど“無”といっていい表情を私に見せている。それでも自信を持っていえる。網膜に細部まで色濃く焼きついていた人形たちの顔形、肌の色艶は―――彼女のものだ。
できることなら人形たちのモデルになった女性と逢ってみたい……。
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