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願望は今ここに、忽然として叶えられた。
だが、わいたのは喜びではなく驚きで、しかもそれは、立ちあがった彼女が机のすぐ脇に迫っていたテント幕の重なりに、
「お出口はこちらでございます」
変わらないしゃがれた喉で手をかけた刹那、
えっ……!?
別種の驚愕で吹き飛ばされた。
これは……!?
全身が凝固していた。
しかし、
「ありがとうございました」
退出を促すような声が、私の常識を辛うじて働かせ、彼女の“それ”に向けた瞠目は、出口へとずれた。
どこかで響いたクラクションが鼓膜を衝いた。
途端、喧騒が戻った。
片側二車線の大通りの歩道に、私はいた。帰途へ就くのであろう祭り客の流れに、我知らず乗っていた。
それまで脳内は、小屋番の彼女の姿に占有されており、私の躰は私のものではなかった。
おそらくテントを出て、さっきたたずんでいた境内の外塀との間を抜け、鳥居をくぐってここまできたのだろう。
自宅方面へ向かっていたのは帰巣本能からか……。
そのままの足どりを維持しながらの私の両の網膜が、幾度となくくり返した熱い訴えを再度あげた。
―――嘘だとは思えない!
くすんだオレンジ色のテント―――。あそこにこそ、私が本当に求めていた見世物があった。
料金を払った者だけが、本物の衝撃を受けることができるシステム―――。
しかし人によっては、払えば一生残るトラウマを生んでしまう、危険な小屋といえるかもしれない。
空車に手をあげなかったのは、再度ゆっくりと、今夜見た驚愕をふり返りたかったからだった。
さすれば躰は再び熱に包まれ、感じていた肌寒さはすぐに霧散するはず。
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