【須田・1】

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【須田・1】

     【須田・1】 「来年、どこの研究室希望する~?」  肩を触れさせながらゆく静乃(しずの)の投げかけに、 「良木(よしき)教授のとこ」  さらっと答えると、 「ええ~」  案の定の反応が返ってきた。 「マジで?」  明里(あかり)もしわを寄せた眉間を向ける。 “笑ったところを見たことがない” “冷たい感じ” “一緒に飲みにいっても絶対面白くない”  教授に対する生徒たちの評価は、耳にした限り“負”のものしかない。  ―――でも、わたしにとっての選定基準は、持っている能力。  しかし、それを訴えたところで、彼女たちの納得はまず得られない。だから「マジ」とだけを返した。 「蓼食う虫も好き好きね」  しらっと継いだ明里の声にも、特段むかつきはしない。逆に、「そうかも」と頷いてしまう。 「でも、倍率低いだろうから、すんなり通るか~」  静乃は特有の甘ったるい口調に思案の音を乗せたけど、絶対わたしと同じ研究室は希望しない。 「ふたりはどうするの?」  と問い返そうとした間際、 「“どて煮”もおいしそ~」  脇に目をそらしていた静乃がいった。 “蓼食う”に触発されたのか? 「美味しそうだけど、もう充分なんじゃね?」  みんなの手にあるナイロン袋は、結構な数となっている。明里の意見はもっともと思えた。 「あと一品ずつぐらい問題ないでしょ~」  というが早いか、静乃は器用に人波をすり抜けていった。  食べ物が関係するとき、普段のおっとり動作は陰を潜める。大学二年間のつき合いで知っている。  わたしと明里も、不器用に祭り客をかきわけた。 「“焼きとうもろこし”を忘れていた。なんたる不覚」  どて煮を仕入れると、今度は「もう充分じゃね?」といった張本人が、隣の露店へ引っ張った。  どうも来年度の進路話は、わたしの考えだけを訊いただけで、遥か彼方へ飛んだよう。  H神社―――。  副都心にたたずむこの大きな神社の酉の市散策は、当初のプランにはなかった。  授業で使う道具、材料を購入するため、副都心にある専門店まで出向いた。その際に知った今日のお祭り。  食事をして帰ることは決めていた。「だったら、お祭りで―――」と口を切ったのは明里だった。わたしにも静乃にも異存などなかった。
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