【須田・1】

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 目的通り、境内でのわたしたちの出費はまったく食べ物のみで、縁起物の熊手は、ただ眺めるだけの存在でしかなかった。  イートスペースを探しながら、くっついた三人で人の流れに従っていると、 「なに~、あの声~」  遠くを覗くようにして、静乃が訊いてきた。  耳に侵入してきていた、マイクを通してのだみ声のことだろう。 「あ、そっか。この神社、毎年酉の市のときに立つんだったっけ」  前方に目を向けたまま、明里が応じた。 「なにが立つの~?」 「見世物小屋。今じゃ見られるところ、相当少ないのよ」 「へ~」  近年、その類の小屋の存在が消えかけているという話は聞いたことがあった。 「いつぶりだろうか?」 「え、見たことあるの?」  驚きが甘ったるさを消した。 「もちろん。中学校のときだったかな……。ここでじゃないけど」 「見世物小屋って、気持ち悪いものとか、怖いものとか見せるんでしょ~?」 「そう。ヘビ喰いちぎったり、虫食べたり、火吹いたり」 「イヤ~」 「まあ小屋ごとに演し物違うし、同じとこでも、日によっても替わったりもするみたい」 「詳しいのね」  挟んでみた。 「まあね。なんなら寄ってく? いずれこの世からなくなっちゃう文化かもしんないから」  と、明里がこっちふたりに弾んだ声をよこしたときには、目の前に、 《もぐら娘》《ヘビ女》《骨なし人間》《秘境からきた野人》  気味悪さというよりも、にやけ顔を誘う垂れ幕が、いくつもの裸電球で浮かびあがるけばけばしい店構えの前に掲げられていた。  ―――サア、こんなネエちゃん見たこたァない! キレイなお顔して、ど~してカラダはこんな奇妙なものになってしまったのか!? 生まれつきか!? 悪食のせいか!? 摩訶不思議な女の正体が、これからまさに皆さんの目の前に現れます! はたしてヒトかケモノか!? サア、もうすぐはじまる! 見世物小屋! どうぞどうぞ!―――  入口脇に立つ木戸番の、堂に入っただみ声の啖呵に結構な人が立ちどまり、そして入っていく人も多く目についた。 「やよ~」  静乃の拒絶の声は真剣。  垂れ幕の上方に、○○興行と書かれた大看板を掲げていた掘建て小屋のようなそこは、交差した参道の一角に、結構な広さをもってあった。 「結構盛りあがって面白いよ。生のグロさってなかなか味わえないし、舞台との一体感も楽しめる」
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