ちゃっかり

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                     「えー、これ何段あるの?」  篠村梓(しのむらあずさ)はげんなりした。  流行りのパワースポットである神社に行きたい、と言い出した本人なのに。神社に続く石段を前に、気持ちが萎えてしまったのだ。  神社が県境の山深くあるのは、初めから分かっていただろうに。梓の高校のときからの友人の磯崎紗枝(いそざきさえ)は、ため息をつく。 「難しいことじゃないんだし、さっさと登ろうよ」  立ち止まった二人の横を一人、また一人と他の参拝客が抜かしていく。仕方なしに梓も一歩踏み出した。  社会人になって四年目。就職が決まった時の喜びは遠い過去のものになり、慣れたはずの仕事なのに、ミスを連発していた。反省の日々に気が滅入り、 「なんか気分転換したい!!」  仕事帰りに時々会ってご飯をする紗枝に訴えた。 「何をして気分転換するっての?」  訊くと、即答された。 「次の休みの日に、ここに行こう」 「え?」  梓がスマホに表示させた神社に、紗枝は及び腰になっていた。山の中にある神社に、道中の苦労が垣間見えたのだ。  だいたい梓はこんな山の中の神社に本気で行く気なのか。高校のときから、ケーキを焼くと言っては途中で止め、バトントワリングの部活に入部したのもすぐに辞め、最後までやり通したことがなかったじゃないか。  ケーキは結局、最後までするはめになったのは紗枝だった。バトントワリング部では、先輩からの非難を受け止める羽目になったのも紗枝だった。それでも喧嘩もなく、友達付き合いは続いている。梓は初志貫徹ができないことに気付いていないのか、神社に行く気満々で、 「パワースポット。参詣すれば御利益があるって」  押し切られた。  けれどやっぱり、言い出しっぺのくせに石段を前に萎えた。今回は「難しいことじゃない」との励ましで動いてくれたからよかったものの、最後まで登れるのか。登り出した梓に続いて紗枝も登りだす。  石段は真っ直ぐに神社に伸びているわけではない。山道に沿って、つづら折りに伸びている。神社の姿も見えないのに、ただひたすら石段を上って行く。 「何段あるの?」「まだ着かないの?」と、最初はうるさかった梓も今は押し黙って上っている。  もう何年もそこにいたであろう太い杉の木を幾つも通り過ぎていく。根元の方は苔生していて、深緑の独特な香りが辺りを満たしていた。  石段も規則正しい段差ではない。一段一段、高かったり低かったり。足をのせるスペースも狭かったり、妙に広かったり。気の抜けない石段に息も上がる。  自分の呼吸する音しか耳元で反響していないなか、 「あ、見て」  梓の声がした。見ると梓が指を差している。差された先に、目指していた拝殿の屋根部分が鳥居越しに見えた。と、確認した瞬間に梓が駆けだす。そんな体力、何処に残っていたの? 「待って」  慌てて追いかけた。  境内に上がると、中央の拝殿に並んでいる列に梓はいなかった。 「こっち!」  辺りを見回していた紗枝に、梓の声。境内の端、東側の柵の前で手を振っている。駆け寄って見る。 「うわあ」  紗枝の感嘆に、でしょ、と自慢気な梓。何故、梓が自慢気なのか理解できないが、眼下に町が一望できた。ここから見る町は、全て精密なミニチュア細工な感じ。 「登ってきたんだね」  紗枝の感想に、 「うん。こんなに高く登っていたなんて」  やり切った感に浸り、二人して拝殿の列に並ぶ。 「こんな山道に、あの石段を作った人がいるんだよね」 「きっと、山を切り開いて大変な苦労だったよね」 「なのに、後に登る人のために石段を作ったんだね」 「ジグザグした登りの石段も、緩やかなに登れるように工夫されているんだろうね」  矢継ぎ早に喋っていたら、自分たちがお参りする番になった。  二人は神妙に鈴を鳴らし、拝礼した。  帰り道。 「来て、良かったね」  満足気な梓の顔に、紗枝は吹きそうになった。長い石段を前に萎えていたのに、ちゃっかりしてる。こういうトコ、高校のときから変わらない。梓だなあ、と紗枝は感心したのだった。
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