14 ピース◆

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14 ピース◆

「噛み合ってないね」 「やっぱり違うピースなんじゃない?なんだか形が少し違う気がするもの。マドレーヌさんのお尻の下に敷いてないかしら」  どうだかね、と言って尻を持ち上げるから、ララは片手を突いてその下を覗いてみる。残念ながらパズルのピースを見つけることは出来なかったが、ちょうど昼時ということでお腹がグゥと鳴った。  マドレーヌの営む飲み屋は本日はお休み。  ララは店の中で、客がお土産で持って来たというジグソーパズルに挑戦していた。以前は水曜日を休みにしていたらしいが、彼女の友人の漁師の勧めで木曜に変更したそうだ。なんでも、漁師たちは木曜日休みが多いそうで、前日の水曜日は盛大に騒ぎたいらしく。  そういうところは、無愛想な店主の優しさだと思う。 「そういえば、アンタはいったいどうやってこの店を見つけたんだい?自分で言うのもなんだが、寂れた店さ。若い子が好むような感じじゃあないだろう」 「そんなことはないわ。一歩中に入ったら、酒飲みにとっちゃ天国でしょう?」  ララが笑うと「まぁね」とマドレーヌは返す。  その目の奥に彼女にしては珍しい好奇心が見て取れたので、ララは口を開いて話を続けることにした。 「昔の恋人がね、馬車で店の前を通ったときに言ってたの……ここのビールは最高だって。彼は色々と行き付けの店があるし、その会話は私とじゃなくて近しい友人としてたのを聞いただけなんだけど」 「そういえば最近もそんなこと言って入店してきた輩が居たねぇ。うちはただ、壊れかけの冷蔵庫で冷やしたビールを出してるだけなんだけど」 「案外、誰かが評判を広めてくれているのかもよ」 「そりゃあ最高だ。もし店に来てくれたらハグしてキスの一つでもしてやんな」 「なんで私なの?」 「アタシが抱き付いたら、その辺の男は肋骨が何本か折れちまうだろう。それに男ってのはアンタみたいな若い女の方が嬉しいんだよ」  さてさて飯だ、と言ってマドレーヌは立ち上がる。  今朝出会った時点では彼女の気分はトマトパスタだと言っていたけれど、その気持ちは今も変わらないのだろうか。ララはすっかりトマトの酸味を求めている口で店主の後を追い掛ける。  誰も居ない店の中、古びた丸椅子に座って店内を見渡した。店に通い始めてもうすぐ一ヶ月が経つが、すでに自分の家のように落ち着く。 (お母様は元気かしら……?)  ディアモンテ公爵家に残してきた母のことを考えた。父と、彼と関係を持っている何人かのメイドたちのことも。帰りたいと思ったことは一度もないが、時々母の存在が頭をよぎる。  一ヶ月ほど前。  フィルガルドとの婚約を解消した足で、ララは街へ繰り出した。道中でガルーア公爵家の令嬢と出くわすというハプニングはあったものの、なんとか御者の目を誤魔化して人混みに紛れた。  一番近くにあった宝石商で婚約指輪を売却して現金に替え、隣にあった美容院で髪色を地毛に近い金色に染めた。そのまま百貨店へ出向き、店員に勧められるままに化粧品を買い集めた。ララの顔を認識している者は「フィルガルド様は今日は……」と彼の話を聞き出そうとしたが、気丈な態度を貫いていると、やがてそうした質問もなくなった。  そして夜になってフラフラと歩いていたところ、目の前に現れたのがマドレーヌの店だった。  重たい荷物を引き摺って飛び込んだララが男だらけの酒場に萎縮していた時、奥からマドレーヌは太い声で「ビールで良いのかい?」と吠えた。  入店の挨拶も無ければ、どこに座れば良いかの指示もない。だけど、ララにとってそれは救いの一声で、おずおずと店主が一番よく見えるカウンター席に腰掛けた。 「ねぇ、マドレーヌさん」  あの日と同じ席から名前を呼んでみる。  なんだーい、と間延びした返事があった。 「私、本当に感謝しているの。この店は今では私の居場所になってるから……ありがとう」 「バカ言ってんじゃないよ、こっちは金を出す客に酒を提供するだけさ。アンタ目当ての客も多いんだから、胸張って働きなァ」 「そうね。恩返しはするつもりよ」  ふんわりと店の中に広がっていくニンニクの香りに幸せを感じながら、ララは目を閉じた。
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