02 王子の側近による証言

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02 王子の側近による証言

 え、僕の名前ですか?  オリバーです。オリバー・フランドル。  曽祖父の名前から取ったそうですが、あまり気に入ってはいません。だって想像してみてください。すでに故人の自分の親族と同じ名前なんですよ、それも一昔前の。「僕のおじいちゃんと同じだね」なんて友人に言われた日には、死にたくなります。  さて、ここ最近の僕の気になるニュースとしてはやはりフィルガルド王子の婚約破棄でしょうか。王宮の者はきっと皆そうですよ。なんせ、たった半年前に大々的に婚約を発表したばかりですから。 「オリバー、殿下はどちらに?」 「はい。もう寝室に移動されました」 「ん?随分と早いな。まだ九時も回っていないだろう。余程、婚約破棄の件に胸を痛めているに違いない」 「胸を痛める?」  僕は素直な疑問を口にしました。  そんな発想は一ミリも無かったのです。 「あぁ。聞いた話では、こてんぱんに言われて離縁を申し立てられたそうだ。今まで上手く遊んでいた殿下も、今回ばかりは無理だったんだな」 「すみません、状況が分からないのですが……殿下は自ら婚約を破棄したわけではないのですか?」 「君はバカだなぁ。王室からの告知を見ていないのか?紙面上では両者の選択としか書いていなかった。内情を知っている衛兵たちの中ではもっぱら、フィルガルド王子がフラれたって話でもちきりだよ」 「しかし、お相手は………」  切り出した僕の言葉を遮るように、数年先輩に当たる兵士の男は手を振りました。これ以上の無駄口は止めようという意味でしょうか。  僕は頭の中で王子の元婚約者だったララ・ディアモンテの姿を思い出そうとします。  茶色い癖毛を三つ編みにした女は、極めて平凡で地味な女といった印象でした。一兵士の分際で王太子の結婚相手を品定めするなんて、誰かに知られたら打首必須かもしれませんが、それでもそう言わざるを得ません。  とにかく、経験の少ない僕はフィルガルド様の隣に立つララ・ディアモンテを見て「遊び慣れた男は結婚相手に安泰を求めるのか」と結論づけたのです。  もう少しだけ話を聞きたい、と好奇心から先輩兵士の方を向いた時、廊下の奥の扉が開いて長身の男が姿を見せました。白いシャツに黒いスラックス、それはフィルガルド様でした。  男でも少しの間見惚れてしまうような美しい顔立ちをした王子の登場に、僕は思わず緊張を覚えます。先輩兵士は慣れた様子で敬礼をして、主君に話し掛けました。 「何かご入用でしょうか?」 「いや……ララから連絡は?」 「本日は届いておりません。といいますか、王宮を去られてからは一度も手紙はいただいていません」 「そうか」  ふらりとまた部屋へ戻って行く背中に、先輩兵士は思い出したような表情で尚も声を張り上げます。 「殿下!ウェリントン伯爵家のポール様からは夕食の誘いが届いております。また、今まで親交のあった令嬢方からも現状を心配する手紙が……」 「すべて焼いてくれ」 「しかし、」 「目を通すつもりはない。ポールには暫く忙しいと返事を頼む。それに僕はもう、彼の誘いに乗ったりはしない。とんでもなく痛い目に遭うと分かったからね」 「承知いたしました」  そう言ったきり、フィルガルド様は背中を向けて自室へと戻って行きました。  僕の中では好奇心が答えを求めて彷徨っています。今の様子では、まるで王子は彼の婚約者との離縁を後悔しているようなのです。そればかりか、ご友人のせいで今回の悲劇が起きたとでも言わんばかり。  誰かが僕の名前を呼びました。もうすぐ交代の時間なのでしょう。オリバーという名前になんの愛着もありませんが、そういえばララ・ディアモンテは一度だけ僕の名前を呼んだことがあります。「うちの犬と同じ名前だわ」と綺麗に笑って。
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