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03 ポール・ウェリントンによる証言
フィルガルド・デ・アルトンについて教えろ?
それは僕ほど適任は居ないだろうな。なんて言ったって僕と彼はアカデミーの初等部からの友人だ。アイツときたら見た目の良さと育ちの良さで、昔から女は入れ食い状態だった。
いや、公爵家の息子としてこういう言い方は良くない。上品な表現をすれば「お相手に不自由はしなかった」とでも言えば良いか?何のお相手かは、自分で勝手に考えてほしい。
周りが適当な恋人を見つけて婚約からの結婚という階段を登る中、僕とフィルガルドだけはズルズルと若い頃の遊びを引き摺っていた。僕は次男で家を継ぐ必要もなかったから良いが、フィルの方はそうでもなかったようだ。何回か愚痴を吐いているのを見たことがあるんだ、彼の父である国王のことでね。
基本的に社交的で令嬢たちには良い顔をして見せる男だったから、彼の周りにはいつも女が居た。歩くハーレムなんて呼ばれているのも見たことがあるが、なかなかセンスの良い表現だと思う。
「はぁ?夕飯の誘いを断った……?」
僕は大口を開けて執事に聞き返した。
白い眉を寄せて年老いた男は頷き返す。
「はい。坊っちゃまのお手紙は届いたようですが、殿下は忙しいため対応出来ないと……」
「忙しいわけがあるか!フィルは婚約破棄をして晴れて自由人じゃないか。いったい何のためにあの芋女をお払い箱にしたんだよ」
「私めには分かりませんが、まだ恋人が去られたばかりなので傷心なのではないかと思います」
「お前はいったいどっちの気持ちを語っているんだ!?フィルはやっと肩の荷を下ろしたんだぞ」
僕は憤る気持ちを抑えるためにグイッとレモネードを飲んだ。これはアルコールを少し混ぜるとほろ酔いになって抜群なんだが、今日は午後から父と出掛ける予定があるので控えていた。
断られるなんて想像もしなかった。
なにせ、やっと独り身に戻れたのだ。
盛大に飲み明かして、街へ繰り出した後はまた適当な女を引っ掛けて遊び惚けようと考えていたのに。これは独身に戻った彼が受けるべき当然の恩恵であって、僕はその手助けをする立場なのだと。
頭の中でゆるりと一人の女の影が浮かぶ。
ララ・ディアモンテという地味な女。
自分と同様に特定の存在に執着を見せなかったフィルガルドが婚約すると言い出したのは、今年に入ってすぐのことだ。まだ寒さの真っ只中という時期、何故か僕らは王宮の中庭で散歩をしていた。あれは確かフィルからの誘いだったと記憶している。
見せてもらった写真には、取り立てて特徴のない女が映っていて、僕は思わず絶句した。数々の派手な女たちと噂を流してきた王子が最後に選んだのが、こんなちっぽけな女なのかと。
何が良いんだ、と聞こうとした瞬間にフィルガルドはスッと写真を仕舞い込んでしまったので、結局のところ「よくある政略結婚か何かだろう」と自分に言い聞かせて納得した。そうでもしないと、突然の裏切り行為のように感じたから。
さらに悪いことに、これはきっと見間違いであるはずなんだが、フィルは手帳に写真を収める際に少しだけ笑っていた気がした。そんなはずはないし、おそらく僕の勘違いだと思うが。
「お前はこっち側の人間だろう………」
ぽそっと呟いた声に隣で寝転ぶ女は首を傾げる。
思い返すのは、二週間前の自身の誕生日会でのこと。遊び仲間の令嬢たちが揃ったから、婚約者を連れてフラフラと歩いていたフィルガルドにも声を掛けた。酒が回った女の一人がフィルに抱き付いたような気がするけれど、これまた記憶があやふやだ。
分かっているのは、そのパーティーから婚約破棄までの間、一度もフィルが僕の電話に出なかったこと。そして、何の相談もなく旧友が婚約破棄をしたこと。ただそれだけだった。
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