04 アネット・ガルーアによる証言

1/1
前へ
/26ページ
次へ

04 アネット・ガルーアによる証言

 ララ・ディアモンテほど不気味な女はいません。  正直なところ、私は彼女が苦手でした。  友人の少ない彼女が少しでもみんなの輪に入れるように、私は精一杯の努力をしてきました。茶会に呼んでみたり、薔薇が咲く頃には庭の散策に誘ってみたりしました。  自慢ではありませんが、私は社交界では顔が広い方です。父親が王国の財務管理に携わっていることもあって、フィルガルド様とは幼い頃から名前で呼び合う仲でした。まぁ、年頃になってからは少しだけ距離が生まれた気もしますが、妙齢の男女の仲が近過ぎると良からぬ噂を呼びますから、きっと彼なりに気を遣ってくれたのだと思います。  フィルガルド様はいつも穏やかで、礼儀正しく、令嬢たちの憧れの対象でした。  そんな彼が婚約をしたと知った時は多くの令嬢が胸を痛めたものです。「夢が消え失せた」と嘆いて一週間ほど病に伏せた者も居たと聞きます。  言うまでもありませんが、私はそのような惨めなことはしません。私とフィルガルド様は切っても切れない絆、つまり友情や親愛で結ばれた関係ですから。  だから私は、彼がララ・ディアモンテと婚約を破棄したと知った時にも、本当に心配な思いからその側に身を寄せたのです。 「なんだ、君か」  部屋に入った私を一目見て、フィルガルド様はすぐに目を逸らしました。他の貴族令息にされたら大変腹立たしい対応ですが、私たちは気の置けない関係なので問題ありません。 「フィルガルド様……お気持ち察しますわ」  歩きながら、肩の上に掛けたショールが少しズレましたが、別に構いません。少しぐらい肌が見えたところで下心はないのです。  椅子に座ったままでピクリとも動かないフィルガルド様の背中に寄り添うように私は立ちます。 「ララ様は、あまり華やかな見た目ではありませんけれど、陰ながら誰かを支えることには長けていると思いましたもの。私のお屋敷でお茶会をする時も、いつも誰よりも早く来て準備をしてくださって………」 「なに?」 「え?」  予想外に強い語気に、私は驚きました。  ぼんやりと前を見ていたフィルガルド様は急に立ち上がって、真正面から私の目を見据えます。男性的な喉元を見上げて私は顔を赤らめました。 「フィルガルド様……いけませんわ。まだ貴方は婚約を破棄されたばかり。もう少し時間が空かなければ、国民は私たちのことを祝福しません」 「君は何を言っているんだ?」 「あっ、そんな風に顔をお近付けにならないで……」  私が身を引くと、フィルガルド様は残念そうに溜め息を吐きました。いいえ、勘違いではありません。眉を寄せた彼の表情は「もっと近くに居たい」と語っていたのです。 「君は僕の婚約者に茶会の用意を手伝わせたのか?」 「はい。私はララ様に皆様と仲良くなっていただきたかったので、彼女に役割を与えたのです。もちろん私もそばで見守ることもありました。四十人分のティーカップが割れたら大変ですから……」 「もう良い、悪いが帰ってくれ」 「え、お話というのは?」  フィルガルド様は部屋の入り口まで歩いて行ってドアノブを回します。開かれた扉を反対側の手で指差して、口を開きました。 「君はララと仲が良いと言っていたから、ララの居場所を知っているんじゃないかと思ったんだ。彼女はディアモンテの家に帰っていないらしい」 「ど、どうしてララ様の動向を気になさるのですか?彼女はもう婚約者ではなく……」  駆け寄った私の目は見ずに、フィルガルド様は使用人たちに何かを言い付けました。お優しい人ですから、おそらく帰りの馬車の手配を頼んだのでしょう。  最後に一瞬、碧眼はこちらを向きました。  薄い唇が苦々しげに歪みます。 「会いたいからだ。他に理由が必要か?」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

543人が本棚に入れています
本棚に追加