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05 飲み屋の店主による証言
その女は毎夜きっかり八時になったら店に顔を出すんだ。
ピッタリとした黒のドレスに高いハイヒールを履いて、透けるような白い肌に長い漆黒の睫毛が印象的だった。美人な方じゃないかと思うよ。なんて言ったって、その娘が現れたら男たちはみんな鼻の下を伸ばしていたからね。
胸元ほどの長さのプラチナブロンドの癖毛を風に揺らして、居座る飲んだくれたちに「ごきげんよう」なんて挨拶するんだ。誰も相手にしないようなロクでなしにもだよ。アタシだって最初は驚いたさ。善悪の判断が下手くそな単なる阿呆か、博愛精神を見せびらかしたい偽善者か、どっちにせよ変わり者に見えた。
「ララ、昨日君が教えてくれた薬草を飲ませたら、妻の咳の発作が治ったんだ!本当にありがとう!」
ほら、今日も挨拶された男のうちの一人が嬉しそうに駆け寄って行くよ。最初の一杯はあの男の奢りになりそうだね。
「まぁ、本当?お力になれて嬉しいわ!奥様にもどうかよろしく伝えてね。元気になったなら、こんな場所で飲んでる場合じゃないんじゃない?」
「いいや。今日は君に感謝を伝えたくって!一杯だけ奢らせてくれないか?そしたら僕は帰るからさ」
「ふふっ、優しい人。素敵な奥様が待っているから私も早く飲み干さないとね」
男がオーダーを入れたからアタシはワインにオレンジの輪切りを浮かべて渡してやった。若い男は嬉しそうに女が飲む様を見ていたよ。
これがまた良い飲みっぷりなんだ。女ってのは大抵、雛鳥の嘴で突いてるのかってぐらいチビチビ飲むんだが、ララに関しては例外だった。そういうところも、男たちの気を引いたんだろうね。
「ご馳走様、バートンさん。とっても美味しかったわ!」
そう言ってニコッと笑った顔がまた可愛らしいから、名前を呼ばれたことも相まって男はデレデレと溶けそうなぐらいニヤけるんだ。見てられないから「会計で良いかい?」って聞いてやった。
ララは派手な見た目のわりに芯のある女でね、男が帰った後にアタシに向かって「いつもありがとう」なんて言ったりする。これだからあの娘のことをみんな嫌いになれないんだろうさ。
今日は珍しく繁盛していたから、アタシはただララの背中をバンバン叩いて「良いんだよ」って言ってやった。ちょうどその時、店の扉が開いて人がなだれ込んで来たんで、注文を取りに行ったんだ。
「オリバー、こんな古臭い店が本当に殿下のおすすめなのか?パッと見た感じじゃ時代遅れの老人会向きだがなァ」
「本当ですよ!殿下がご自分で仰ってましたから。この店の冷えたビールが一番美味しいって……」
シュンとそう答える一番若そうな男を見て思わず溜め息が出た。おそらく非番の衛兵たちだろうね。仕事中は重たい甲冑なんか着て大きな気になってるんだろうが、それをオフの時まで引っ張るのはどうかと思うよ。
「アンタら、頼むの?頼まないの?」
「ッチ、しゃーねぇな。ビール四つ」
舐めた態度を取られても、こっちだって客商売だ。厨房では文句を吐き出せても客の前で撒き散らすわけにはいかない。アタシだってこの道で何十年も生きてきたからね。
「あいよ。おまちどう、四人分」
ドンッと並々に注いだグラスをテーブルの上に置くと、男たちはすぐさま口元まで運んで勢いよく傾けた。余程喉が渇いていたんだろう。
そして、注文を入れた男は半分ほど飲んだところで重たいグラスをテーブルに戻した。
「オッエー!なんだよこれ、ぬるいじゃねーか!こんな生温いビール、小便みたいで飲めやしねぇ」
「ロンドさん!そんな言い方は、」
下っ端の男が慌てて止めに入る中、アタシの隣からスッと小さな身体が割って入った。見るとそれはさっきまでカウンターで飲んでいたララで、机の上のグラスを両手で持ち上げたかと思うと、なんと席に座ったままの男の頭の上で逆さに引っくり返したんだ。
「なっ……ハァッ!??」
当たり前だけど男は驚いた顔をしたね。
仰天した表情はすぐに激怒に変わったよ。
だけど、詰め寄って来る男の目を真正面から見据えてララは言ったんだ。「帰りなさい」って。それから店に仲間を呼んで来た若い男の方を振り向いた。
「ワンちゃん、ここは貴方たちが来て良い店ではないの。飼い主の元へ戻って、二度と来ないで」
泣き出しそうな男はコクコクと頷いて、まだ憤る兵士たちを連れて帰って行った。店の常連が拍手を送る中、ララは顔色一つ変えずまたカウンターに戻ったけれど、アタシはあの娘を見る目が変わったね。あれは只者じゃあないよ。
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