ワンルーム

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ワンルーム

1人で暮らすには広すぎるワンルーム。 そう感じるのは、ついこのあいだまで一緒に暮らしている人がいたからだろう。 その時は少し狭いなんて思っていたのに、彼が出て行った途端淋しさが押し寄せてくる。 彼と付き合って数年が経ってから、この部屋で同棲を始めた。 彼の家の契約更新の時期になったから、それならうちに来れば、なんて言った。 その時点で半同棲のようになっていたし、それほど大きく生活が変わるようなこともなかった。 この部屋でたくさん笑ったし、時には些細なことで喧嘩もしたけど……。 仕事から帰ってきたら「おかえり」とご主人様を出迎えるワンちゃんのように、玄関まで出迎えに来てくれる彼がいることがたまらなく嬉しかった。 朝起きたら同じベッドに彼がいることが幸せだった。 寝坊したときは焦ったように起こしてくれる彼も、休日ののんびり過ごす彼も、お風呂上がりの眠たそうな彼も……愛おしかった。 別れを切り出したのは私なのに、「ただいま~」と言って帰ってくる彼を思い出して、それを期待して、気が付けば玄関を凝視してしまう。 もう帰ってはこないのに。 もう私の名前を呼んでくれやしないのに。 私から彼に抱きつくこともできないのに。 だけどこれでよかったの。 彼に迷惑をかけたくなかったの。 これから弱っていく私を見せたくなかったの。 彼を残していく身なのに、私なんかに彼を縛り付けたくなかったの。 だから、言ったの。 『ごめん。別れて、ほしい……。どうしても、守りたい人ができた。苦しめたくない人ができた』 このまま私といて苦しむのはあなただから。 「……片付けなきゃ」 彼がくれたものだけを持って。いらないものはさっさと捨てて。 私ももうこの家には帰ってこられないから。 私もこの家にただいまを言えなくなるから。彼に、ただいまを言えなくなるから。 最後に彼の背中にかけた言葉を、できれば自分にも言ってほしかった、なんて。 『いってらっしゃい』 「ただいま」とは返ってこない餞を最期に。 そして私がこの部屋に言える言葉は……。 「バイバイ。今までありがとう」 了
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