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監督のフリに星奈は照れ笑いを浮かべると、右手を客席に向けて差し出す。
細い指先にたっぷりと視線が集まってから、彼女はゆっくり左腕に抱いた花束にその手を滑らせ、1輪の薔薇の花弁をすぅと撫でた。
しっとりと落ち着いた真紅の薔薇だ。
「必ず、ご期待に沿える演技をお見せしますわ」
はっきりとそう言った彼女は、既に違う顔をしている。
高慢にして驕傲な悪女の顔で、さらりと髪を払う。
白い肩をライトに晒し、頬から胸にかけて艷やかに指先を滑らせると、漏れ出す色香にほぅというため息とごくりと喉を鳴らす音が客席から響いた。
そこに居るのはもはや女優 田坂星奈ではなく、妖艶な夜の女王だ。
「……あぁぁぁ! すみません、あまりにもお美しくて見入ってしまいました! 素晴らしい意気込み、ありがとうございます」
魂でも抜かれたかのように見入っていた進行役が己の役割を思い出し、慌てて声を上げた。
清楚にして純真な表の顔は、芝居に入れば瞬時に切り替わる。
時に卑屈な女に、はたまた美しい毒花に。
清楚にして濃艶、克己にして奔放、得体の知れない一種の不気味さが彼女をミステリアスで魅力的に見せる。
観客達はそのたった一言に彼女の才能の片鱗を目にして、惜しみない拍手と賛辞を贈った。
割れんばかりの喝采が降り注ぎ、星奈は満足気に微笑んだ。
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