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山荘
その部屋は、長い間使われていないことが一目でわかるだろう。薄暗い光がカーテンの隙間から差し込み、厚く積もった埃が絨毯のように広がりっている様を照らし出す。古びた木製の家具は、色褪せて乾燥し、ところどころにひび割れが見える。
壁には、かつて鮮やかだったであろう壁紙が剥がれかけ、湿気で波打っている。そして、天井から垂れ下がった無数の蜘蛛の巣。部屋の中央には、大きなテーブルが置かれているが、その上には古い新聞や雑誌が無造作に積まれ、黄ばんだページが時の流れを物語っている。椅子は倒れたまま放置され、座面にはカビが生えている。
棚には、かつての住人が残したであろう小物や写真立てが並んでいるが、写真は色褪せて判別が難しい。部屋全体に漂うのは、古びた木材と埃の混ざり合った独特の匂い。湿気とカビの匂いが混ざり合い、鼻をつくような重い空気が漂っている。長い間、人の手が入っていないことが、部屋の隅々から感じられる。
この部屋は、まるで時間が止まったかのように静まり返り、過去の記憶が薄れゆく中で、ただひっそりと存在している。
カノープスは、その窓枠に頬杖を突いて、外を見ていた。椅子を一つも起こしていないのは、カノープスが黄金の電動車椅子に乗っているからだ。ほかにも、彼を此処まで連れて来た部下がいるが、
窓の外に拡がる景色は、赤や黄、茶色の葉が混ざり合い、まるで自然が描いた絵画のようだ。木々の間から差し込む薄い陽光が、落ち葉の絨毯を柔らかく照らし、影を作り出している。
周囲の木々は葉を落とし、裸の枝が空に向かって伸びている。その姿は、まるで人間の命のはかなさを訴えかけるかのように寂しげだ。風が吹くたびに、枝が揺れ、かすかな音を立てる。鳥の声も聞こえない。
地面には、苔むした岩や倒れた木が点在し、長い年月の経過を感じさせる。小さな小川が静かに流れ、冷たい水が石の間を滑るように進んでいく。水面には、落ち葉が浮かび、ゆっくりと流れていく様子が見える。
カノープスは、ひんやりとした空気を吸い込みながら、秋の山の静けさと寂しさを全身で感じていた。
「山登りには一番良い季節だな」
カノープスは、部屋を掃除している部下を振り返った。
「お前たちが連れて来てくれたおかげだ」
それから、部下たちが慌てた様子で運んできたグレーンウイスキーを飲み始める。
「嗚呼、ありがとう。そんなに怯えるなよ。俺は自然で心が洗われたんだ。酒を出すのが遅くなったからって、いつもみたいに怒ったりしないさ」
と、また窓の外を見始める。すっかりウイスキーと景色に夢中になったカノープスには、部下たちの、その後の囁き声は聞こえていなかっただろう。
「凄いよな、今、目の前で部下たちが死体を埋めてるのに、あの落ち着きよう」
「証明されたな。自然には、人の心を癒す効果なんてないってことが」
カノープスを連れて来た部下たちのうちの半数は、現在、外で一生懸命、泥を巻き上げるようにして穴を掘っているところだ。そもそもは、カノープスがカッとなって、ぼこぼこに殴った上、無麻酔で腹を開き、臓器を切り取って売ってしまった相手を埋めるために。
カノープス。彼は、自らの足を切り落として球体関節人形のような美しい義足を手に入れた、命を奪って金を貰う男である。
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