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「分かりやすい?」
「何でもない」
私は首を傾げた。その仕草を見て、「あとちょっと馬鹿っぽい所も」と言った。
「馬鹿じゃないです!」
「いや、馬鹿だね」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですよ」
「じゃあどっちも馬鹿だ」
私は野菜スティックをかじると、「ウサギみたい」と有川さんに馬鹿にされた。
「やっぱ山だから空気が美味しいね」
「ですね」
「また明日から頑張れそう。ありがとう、千香ちゃん」
私は野菜スティックを喉に詰まらせて、咳き込んだ。「大丈夫!?」と有川さんが水を渡してくれる。
「千香ちゃん?」
「ん?」
「今、千香ちゃんって言いました?」
「え? 言った?」
「言いました。いつもはさん付けなのに、今千香ちゃんって」
「ごめん。いつも吉野さんが千香ちゃんって呼んでるからつられちゃった」
吉野さんとは有川さんと同じホールの社員で、私と同時期に入社した人だ。
「千香さん呼びに戻すね」
「いや、全然千香ちゃんでいいですよ?」
「……あ、そう? じゃあこれからは千香ちゃんって呼ぶわ。俺のことも別に有川さんだなんて呼ばなくていいよ。敬語とかもいらないし」
「いや、だって社員さんだし、年上だから、さすがに……」
「3つしか変わらないじゃん」
「自分未成年なんで……」
「おいおい、こういう時だけ都合よく使うな」
有川さんが楽しそうに笑った。私もつられて笑顔になる。
「じゃあ奏一さんで。タメは保留で」
「わかった。何かいつも有川さん呼びだから、下の名前で呼ばれると変な感じがする。照れるな」
「じゃあいっぱい奏一さんって呼びます」
「いいよ、呼ばなくて」
奏一さんが恥ずかしそうに笑った。もう前みたいに苦しそうに笑っていなかった。今、前の前にいる奏一さんは初めて会った時のように瞳に輝きを持っている。
(了)
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