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有川さんの瞳がじっと私を捉える。エレベーターが目的の階に到達した。私たちはエレベーターを降りると鍵を警備員に返却し、外に出た。駅に直結していることもあり、移動はとても便利だ。あと少しで有川さんとお別れだ。同じ路線だったら良かったのに、と私は思った。
「それに、もうそう思ってるくらいなら、立派な体調不良ですよ。物理的な体調不良じゃなくて、精神的に。だから休む理由になると思います。社会人はそんなことで休んじゃダメ、他の人に迷惑がかかるからそんな理由で休むな。それは違うんじゃないかなぁ」
有川さんが立ち止まった。私もつられて立ち止まる。
「それって、逃げたって思われないかな」
弱々しい声で有川さんが言った。ああ、この人は本当に心をやられてしまったんだな、とその時深く感じた。私は首を横に振る。
「確かに逃げだと思うかもしれません。でも、逃げるってカッコ悪いことですかね?」
「え?」
「私はそうは思いません。人間ってプライドが高いから、逃げる選択肢をあまり選ばないんですよ。どんなに辛くても、逃げることはカッコ悪いからって。でも、私はその逆だと思います。逃げることを選択するって、凄いことなんですよ? だってできないから、簡単に。プライドやら何やらが邪魔して、選べないんです。そして潰れる。だからカッコ悪くないです、全然」
ポロっと有川さんの瞳から何かが溢れた。「え……」と私の口から声が漏れる。
「ごめんっ」
有川さんが鼻をすすって、涙を拭った。それでも涙はとめどなく溢れていく。私は泣かせてしまったことと、どうすればいいのかが分からず内心パニックになった。取り合えず道の端っこに寄り、有川さんが落ち着くまで背中を向けていた。多分、見られたくないだろうから。
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