父を弔う夜

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今月に入って以来、江戸の町では流行病(はやりやまい)が猛威を振るっていた。 この裏店でも罹る者がちらほらと出てきたが、だれもが熱で荒い息をして咳き込みつつも、やがてすっかり治っていった。 ゆえに、()れがために事切れる羽目となったのは目の前の男が初めてだ。 病をえてからたった半月足らずで、かくのごとく相成(あいな)った。 つい今しがた、弔いの読経が終わって坊主が帰って行ったところだ。 それでも女房のおすみ(・・・)は左の(たもと)で顔を覆い、右の袖先で止めどなく流れる涙を拭っている。 たった一人の倅である丑丸(うしまる)(おもて)を上げることなく母親の隣でちょこんと正座していた。
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