無一文で天涯孤独

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「……とにかく、おめぇは(うち)ん中に(へぇ)りな。おい、およね」 茂三がさように告げて女房を顎でしゃくると、およねは弾かれたように持っていた桶と柄杓を三和土(たたき)に置いて支度のために奥へ入っていった。 ゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚ 仕舞屋(しもたや)の奥にある座敷に通された丑丸は、幼い体躯をさらに縮こまらせて正座していた。 「……さて、おめぇをどうするか、だな」 茂三は部屋の端にあった莨盆(たばこぼん)を引き寄せながら告げた。 亡くなった丑丸の(てて)親は、大坂よりもまだ西にある藩に仕える御武家だったらしい。 そこまでは男が江戸に出てきて紆余曲折を経て()の貧乏裏店(うらだな)に流れ着いた折に茂三が聞いた話だが、なにぶん口数少なく如何(いか)なる経緯(いきさつ)でお故郷(くに)をおん出てきたかは最期まで判らずじまいだ。 相対(あいたい)して、丑丸の母親は器量は良いがどこかぼんやりとして頼りなげで、気の(こわ)い御武家の御新造(奥方)にはとても見えない。 亡くなった亭主とは故郷から手を携えて出てきたわけではなく、江戸で知り合ったらしい。 されども、如何なる経緯(いきさつ)で二人が夫婦(めおと)になったかはやはり此れもまた判らずじまいだ。
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