第五話(最終話)

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第五話(最終話)

 アレクシス王子は、堕天使が消えていく様子を見届けると、大きく一つ息を吐いた。 「バイロン国王、これでエルフィーナの無実ははっきりしましたね」 「確かにエルフィーナは無実だ」  バイロン国王は、厳しい顔で続けた。 「それにしても聖女イリス、いや偽聖女のイリス、そなたの罪を許すわけにはいかないぞ。エルフィーナの悪評を流すだけならまだしも、呪をかけ聖女の力まで奪っていたのだからな」  イリスはじっと黙り込み、下を向いたままだった。  隣にいるラファエル第三王子は、眉間にシワを寄せ、イリスを睨みつけていた。そして、こう言い放った。 「よくも私を騙したな! 今まで聖女だからお前を重宝してやったのに。それが偽聖女だと! もうお前に用などない! さあ、イリスを牢屋に連れて行け! 今すぐにだ!」  護衛兵が動き出したところで、アレクシス王子が前に出た。 「バイロン国王、このイリスは、先ほどエルフィーナが罪に問われた時、無罪にしてあげようと神の判断を仰いだとききます。彼女は優しい一面も持ち合わせているのかもわかりません」 「確かに。あのときはエルフィーナを助けようとしていたな」 「では、同じようにイリスにもチャンスを与えたいのです。最後に神の判断を仰ぎたいのです」 「どういうことだ?」 「コインを投げて、表が出たら牢屋行き、裏が出たら無罪放免というのはどうでしょうか」 「無罪放免は無理にしても、減刑なら考慮してもよい」 「ありがとうございます」  アレクシス王子はそのままイリスに近づいた。 「さあ、イリス、コインは君が持っているはずだ。エルフィーナに使ったコインを貸してくれないか」  イリスは青白い顔をして立ち尽くしている。 「さあ、エルフィーナに使ったあの時のコインを渡してくれ」 「イリス、渡しなさい」  国王の声も響いた。  するとイリスはドレスから隠し持っていたコインを取り出し、震える手でアレクシスにそれを差し出した。  アレクシス王子はそのコインを受け取ると、その表裏を確認した。それから、コインを指で弾いた。  くるくるとコインは空中を舞い、やがて地面に落ちた。 「表だ。イリス」  イリスはコインから目をそらしている。 「君は減刑の可能性を自らの行いで無くしてしまったようだね」  アレクシス王子はそう言うと、床に落ちたコインを拾い、皆にその表裏を示した。  場内がざわつき始め、貴族たちの驚いた声が聞こえてきた。 「両面が表だ!」 「では、あの時イリスは、エルフィーナを救うつもりなどなかったんだ」  そんな中、バイロン国王が一同を見回し立ち上がった。 「これで、いっそうはっきりした。イリスはとんでもない悪女だ。この女を今すぐ牢屋に放り込んでおくのだ」  王宮騎士団たちが一斉にイリスの周りを取り囲んだ。そのまま数人に羽交い締めにされたイリスは、引きずられながら宮廷広間から追い出された。 「私は無実よ! これはエルフィーナが仕組んだワナなのよ!」  イリスは最後までそう叫び続けていた。  そんな騒ぎが一段落した時、バイロン国王があらためてアレクシス王子に声をかけた。 「アレクシス、今回の働きは見事であった。そなたの望みを言うがよい。何か一つ叶えることとしよう」 「ありがとうございます。それでは、望みは後日、お願いにあがってもよろしいでしょうか」 「構わん。良く考えておくのじゃ」 「それとエルフィーナ、そなたには誠に悪いことをしてしまった。元はと言えばラファエル第三王子が、イリスの言葉を鵜呑みにしたため、こんなことになってしまった。許してくれるか?」 「無罪だと分かっていただけたならそれで充分です」 「そうか」  バイロン国王は笑顔で頷いた。  これで私は無事に牢獄行きを免れたわけだ。そう考えると全身の力が抜けてしまった。頭に血液が流れなくなったような気がした。そしてくらくらと意識が遠のいていった。まずい、立ち眩みだ。最後にそんな言葉が頭に浮かび、そのまま私の意識が遠のいていった。   ※ ※ ※ 「大丈夫かエルフィーナ」  誰かの声で目が覚めた。 「ここはどこ?」 「僕の部屋だ」  見ると、ベッドの脇でアレクシス王子が立っていた。そして、私は大きなベッドに一人横になっていた。すぐにびっくりして上体を起こした。 「まだ寝ていたほうがいいよ」 「もう大丈夫です」  そう言うと私はあわててベッドを出た。 「ご迷惑をおかけしました。それでは、今すぐに帰らせていただきます」  急いで部屋を出ていこうとした時だった。  思いもよらないことをアレクシス王子が言ってきた。 「今日、四月二日はエルフィーナの誕生日だろ」  そうだった。今日は私の誕生日。 「どうしてそんなことを知っているのですか?」 「学生の時、誕生日プレゼントを君に渡せなかったから、いつか渡そうと思って忘れずにいたんだ」  私は今まで男性に誕生日を祝ってもらったことなんて一度もないし、もちろん今日もそんな予定などないはずだった。  アレクシス王子は机の引き出しから小さな箱を取り出した。なんとなくだが見覚えのある箱だった。 「お誕生日おめでとう」  何もこたえられずにいると、王子は私に近づいて来て、その箱を手渡した。 「学生の時、エルフィーナに渡そうとしたプレゼントだよ。開けてみて」  言われるままに箱を開けた。  中にはネックレスが入っていた。取り出すと、透明に輝く宝石がついている。 「これ、ダイヤモンドですか?」 「うん」 「さすがに王家は、プレゼントも高価なものが簡単に渡せるのですね」  照れ隠しもあってか、ちょっと嫌味っぽい言葉が出てきた。 「これは亡くなった母から受け継いだ物なんだ。母からは、本当に好きな人ができた時、誠心誠意に自分の気持ちを伝えて渡しなさいと言われていた物だよ」  見るとネックレスの箱に、小さく折りたたまれた紙が入っていた。 「これは?」 「当時の僕が自分の気持ちを伝えようとして書いた手紙だよ。はずかしいけど読んでくれるかな」  取り出した小さな紙には、細かい文字でこんなことが書かれてあった。  エルフィーナへ  僕は君が好きです。僕の力で君を必ず幸せにします。  だから僕は、浮気は絶対にしません。君を悲しませるようなことは絶対にしません。  それと僕は長生きをします。早死して君を一人ぼっちにはしません。君を守り続けるために僕は長生きをしてみせます。  以上を誓います。  ですので、僕と真剣にお付き合いをしていただけないでしょうか。  アレクシスより  じっとその不器用な恋文を読み、アレクシス王子の顔を見た。王子ははにかんだ顔をしている。 「あれから年数は経ってしまったけど、やっと渡せたよ」 「私……、アレクシス王子のことを誤解していました。王子の悪い噂を信じてしまい、とても失礼なことをしてしまいました」 「それはいいんだ。本当言うと、これを渡して、あらためてエルフィーナにお付き合いを申し込むつもりだったんだけど」  王子は一呼吸ついた。 「残念だけど、それも駄目になってしまった。僕はもう君と付き合う資格のない人間になってしまったんだ」 「どういうことですか?」 「僕はエルフィーナを一人にしないと誓ったんだよ。けれど、今の僕は君よりも絶対に早く死んでしてしまう。寿命が短くなってしまったからね。約束を果たせなくなった僕に君と付き合う資格なんてないよ」 「そんなことないです!」  私は思わずあげた。 「その気持だけで充分です。寿命が短くなっても私を想ってくれているだけで充分です」  そう熱く語ったあと、ふと冷静になった。  私、大切なことを言い忘れてしまっている。  これは一番に伝えなければならないことだったのに。 「あの……、王子、実は寿命のことなのですが……」  私は、堕天使が最後にそっと教えてくれたことをそのまま伝えた。  本当は、王子の寿命が縮まっていないことを。 「ということは」 「はい。きっと長生きできますよ」 「だったら」  アレクシス王子は真剣な顔で私を見つめてきた。美男子に見つめられ、かなり照れてしまったが、私は目をそらさずに王子を見つめ返した。 「エルフィーナ、あらためて君に誓うよ。僕は必ず君を幸せにして見せる。そのために二つのことを約束する。一つは浮気をしない。それともう一つ、僕は長生きをして君をずっと守り続ける。だから、僕と真剣にお付き合いしていただけないだろうか。もちろん結婚を前提として」  誕生日に男性からお祝いもしてもらったことのない私が、いきなりこんな言葉をかけられるなんて。免疫がない分、どう答えていいのかわからない。  そわそわしながら自分の服を触っていると、手がある物に触れた。 「どうだい、僕と真剣にお付き合いしていただけないだろうか?」 「ありがとうございます」  私はそう言うと服からある物を取り出した。 「返事は、神のご判断に委ねても構わないでしょうか?」 「神の判断?」 「はい。コインの表が出たら私は王子とお付き合いします。けれど、裏が出てしまったときは、残念ながらお付き合いをお断りさせていただきます」  それから私は、露天で買ったコインを親指で思いっきり跳ね上げた。  するとコインは、勢いよく、くるくると回りながら空中を漂い、放物線を描き始めた。  やがて、表しかないコインは、アレクシス王子の足元へ無事に着地したのだった。   ※ ※ ※  アレクシス王子から告白され、半年が経った。  あの日捕らえられた偽聖女のイリスは、牢獄十年および国外追放の刑となった。  それとラファエル第三王子だが、無実の聖女を罪人扱いしたことで、人々の信用を完全に失うことになってしまった。  その結果、政略結婚のコマとして国外へ追いやられてしまった。  そして今、私とアレクシス王子は並んで赤い絨毯の上に立っていた。目の前には大聖堂広間に通じるドアが閉じられていた。  私は純白のドレスを着ており、王子は銀のタキシードを身に着けていた。  王子に腕を回した私はそっとつぶやいた。 「それにしてもバイロン国王は、よく私たちのことを許してくれましたね」 「権力の集中を避けるため、王子と聖女は結婚できない法律があったなんて、本当にびっくりしたよ」 「で、どうやって許可を得たのですか?」 「うん、僕はまだ国王に望みを言ってなかったからね。それを叶えてもらっただけさ」 「一度しか使えない国王への望みを、私たちの結婚のお許しに使ったの?」 「ああ、最も叶えたい望みだったから、本当に良かったよ」  そんな会話をしていると、目の前の扉がゆっくりと開き始めた。  明るい光が差し込む中で、大聖堂広間に集まる人々が拍手で私たちを迎え始めた。  私とアレクシス王子は、練習したとおりに足をそろえて赤い絨毯の上を歩き出した。  私の首には、ダイヤのネックレスが輝いていた。  そしてお守りとして、露天で買ったあのコインを、そっとドレスの中に忍ばせていた。  私たち二人の関係に、裏はない。 (完)
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