第2話 因果はめぐる糸車 その2

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第2話 因果はめぐる糸車 その2

 家に着いた私は逃げるように自室に籠り、充電の復活したスマホで真偽を調べ始めた。  優子からの鬼のような通知に体調が悪かったとだけ返信し、検索窓に思い当たるワードを打ち込んでニュース記事を調べ漁る。  わかったことは、4年前に金城家の兄が亡くなっているという事実。  犯人の目星がつかなかったことから不審死として未だに捜査自体は継続している。  何より私の血の気を一気に奪い去ったのは、発見時の遺体は左腕と右目が欠損していたということだった。  しかし、不可解な点もある。  学校で囁かれていた噂では、幽霊は「学校で」出るはずなのに、さっきのことはそのルールから外れているように思う。  噂だと思い込んでいた怪談が、形を伴って現実に侵食してきている事実に、私はギュッと目を瞑って眠れぬ夜を過ごすことしかできなかった。  バッグから外したお守りを胸に押し付けると、少しだけ気持ちが安らいだ気がした。  どれだけ眠れなくとも無情にも日は昇る。  学校を休もうかと思ったが、金城のその後を確認せずにはいられなかった。  幸い姿までは見られなかったはずなので、遠巻きに金城の姿を確認する。  少し顔色が悪いよう気がするが、少なくとも生きている様子を見て私は少し胸を撫でおろした。  悪事を働いた人間は罰せられるべきだとは思うが、すぐに本人の不幸を願うほどの思い入れは持っていない。  どちらかというと、「人の死を目の当たりにしなくて済んだ」という安心感の方が大きいかもしれない。  少し安心してその場を離れて教室に向かった。  まるで昨日のことなど夢だったかのように何事もなく授業が進んでいく。  しかし、授業で使った道具を片付け終えて体育倉庫を出ようとした際に事件は起きた。 「昨日見ていただろ?」  底冷えするような声で私に問いかけながら金城が体育倉庫へと入ってくる。  なんで!どうして!?と頭は混乱し、心臓は破れそうなほど高鳴っていた。 「何のはなし? 次の授業に遅れちゃうからどいてよ」 「しらばっくれても無駄だよ。一瞬だけしか見えなかったけど“バッグにつけたボロっちいお守りをつけた女子”で探ったらすぐ君に辿り着いたよ」 「……っ!」 (これは嘘をついても無駄ね)  そう観念して、私は開き直って逆に問い返す。 「あのあと幽霊はどうなったの?」 「知らないね。走って逃げたら居なくなっていたよ」 「あの時言っていたことは本当なの?……その、お兄さんのこと」  金城の顔から表情がスッと抜け落ち、それが何より雄弁に答えを物語っていた。  目の下のくっきりした隈と合わさって狂気に満ちた目をした金城がゆっくりと動き出す。 「来ないで!」  距離を開けるように後ろに下がるも、すぐに壁に阻まれてしまう。  活路を求めて周囲に目をくれると違和感に気が付く。  また周囲が暗くなっている。  金城のほうに目を向けると、彼の背後に血濡れの男が立っていた。 「うしろ!」 「気を逸らそうとしたって無駄だよ。へ、ここでお前の口を塞がなきゃ僕は……」  ブツブツと何かを呟いている金城は異様な気配に気が付いていない。  彼はカウントダウンを聞き逃したのだ。 「オマエガァァァァ!!オマエモゴッジニ来゛イィィ!!!!」  血濡れの男性が金城にしな垂れかかり、ベチャリと湿った音が響き渡った。  あまりの力の強さからか、掴んだ指は服と肉を貫通し血を溢れ出させ、怨嗟の声を発し続ける口は首筋に歯を突き立てる。 「いだっ!!なん……お前は!?これ……イダァァァ!!」  絶叫が辺りに響き渡る。  どうやら租借しているであろう男により、金城の身体はみるみる消えていく。  目の前で繰り広げられている非現実に私の腰は抜け落ちて地面にへたり込み、朝から肌身を離さなかったお守りをキツく握りしめるしかことしかできなかった。  苦悶の悲鳴を上げ続けた金城がその身を全て喰らいつくされ辺りに静寂が訪れた。 「ヴ……ァォォア」  男性が虚ろな目でこちらを向き、すぐに眼前に辿り着く。  限界を超えた恐怖で様々な液体を溢れさせている私へと、金城の全てを喰らいつくした口を開けて襲い掛かった。 「いやぁぁぁぁぁ!!!!来ないで!!!!!!」  目を瞑る寸前、お守りが光を発したような気がした。  しかし、やがて来るであろう痛みに脳が自己防衛を働かせたのか、そのまま気を失ってしまったのだった。  *  次の授業の準備をしていたところで強烈な悪寒が身を襲った。 (なんだ!?いったい何が……)  これまでに味わったことがない事態に混乱する頭をいさめ、集中して気配を探る。 (体育倉庫で強烈な祓いが爆ぜた気配と……強い穢れ!!?)  反射的に窓の外へ身を躍らせ、壁を駆け上がる。  あらゆる障害物を無視して辿り着いた現場は混沌としていた。  血濡れの男が倒れて呻き声をあげながら藻掻いている。  身体の前面が焼けただれ、爆発を受けたゾンビのような有様だ。  そして、部屋の奥には気を失っている女生徒と、燃え滓となったお守り。  近くには血に染まった布の切れ端まで落ちている。 「ヴゥ~」  こびり付くような醜音に我に返る。 「こいつは幽鬼か」  穢れの気配を放っていたのは、強い恨みを残して死の際に亡者に転じた存在。  すでに元の人間性など失われ、生者を喰らって渇きを満たそうとする本能に突き動かされるだけの存在だ。 「俺は僧正ではないから手荒なやり方しかできない。すまんな」  即座に手刀で首を刎ねトドメを刺す。  宙を舞った首は、何かを成し遂げ妄執から解き放たれたような歪な笑みを浮かべたまま塵となって大気に溶けていった。  ふぅと息を吐いて女子生徒の安否を確認する。  確かこの娘は……風紀委員長の真柴さんだったか?  どうやら気を失っているだけのようで、目立った外傷は見られない。  ほっと一安心しつつ、近くの焦げたお守りに目を向ける。  おそらく、襲われる瞬間にこれに込められた祓いの力が全て解き放たれ、幽鬼にを一時的に退けたのだろう。  血濡れの布切れは……犠牲になった人間がいる事実に胸が締め付けられた。  とはいえ、手がかりの薄い現状では後日身元を見つけ出すしかない。  亡者に喰い尽くされた人間は、その存在が現世から消失……ありていに言うと初めからこの世に存在しなかったことになる。  この布切れもいずれ亡者と同様に大気に溶けていくだろう。  この事が認知できるのは、俺も含めたこの世の理から外れた存在だけというわけだ。 「あああぁ流石にこの後報告に行かないとなぁー!」  頭を掻きむしりながら放課後の行動に頭を悩ませる。  ここ最近街の方で不穏な気配が増えていることもあり、見張りの式神を学校の外に散らしている状況だ。  少し厄介な出来事に見舞われた西園寺さんには、個別で1体の式神を張り付けていたりもする。 「ワンオペ忍者じゃなくて、符術師に転職か?在宅でできるっていうし……」  ブツブツと独り言を漏らしていたその時、微かな記憶の残滓が頭を掠める。  このお守りひょっとして……あぁそうか。  思い返すのはかつて符術の勉強にと様々なものに祓いの力を付与するという地獄の訓練を課されていた頃のこと。 「あの時の娘だったのか……。大きくなったなぁ~」  すうすうと寝息を立てる少女の頭を優しく撫でる。  そこに映っていたのは、優しく微笑む青年と頭を撫でられる小さな女の子の姿だった。  *  目を覚ました私は目を擦りながら周囲を見渡す。  なぜか体育倉庫で眠ってしまっていたらしく、体育の授業の後の記憶が曖昧だった。  それにしても、なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。  思えばあの時通りすがりのお兄さんの行動に救われて、自分もまっすぐな人間でいたいと心のどこかで思うようになったんだ。  それが高じて風紀委員長になったともいえる。  頭が覚醒してくると手に握ったお守りが目に留まった。 「あれ? こんなにピカピカだったっけ?」  なんだか真新しい気がするお守りに首を傾げつつ、暫く眺めていると重大なことに気が付いた。 「今何時!? そういえば授業は!!?」  サッと血の気が引いた頭を抱え、バタバタと走り出す。  太陽で真っ白に染まった体育倉庫の入口から、日常へ戻るように外へ飛び出していった。
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