善意の結果

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 そんな彼の様子を見ながら、俺はなかなかいい気分になっていた。この仕事も悪いものではないな、と思った。彼の事ばかりではない。他にも、色んな人たちが、幸せそうにしていたり、前を向いて生き始めたり、そんな様子をたくさん見るようになった。  俺は落ちこぼれの天使だ。あまりにいろんなことがうまくできなくて、色々嫌になって自暴自棄になり、天使らしからぬことさえしでかすようになった。そんな俺は、罰として、人の心から悪意を取り去り、その悪意を集めて捨てる、という仕事をさせられることになったのだ。  悪意を集めることについて、条件などはないけれど、場合によってその難しさが変わる。例えば、長い間持たれ続けていた悪意というのはそう簡単には取れない。悪意というのは汚れのようなもので、ほうっておくと勝手に増殖していくし、そうして増えてしまうと取り切るのが大変になる。それだけでなく、長年の間にこびりついてしまったものはなかなか取れなくなってしまう。  逆に、悪意を持ち始めてまだ時間が経っていない場合は、比較的取り除きやすい。さっき見ていた彼のように理由がはっきりしている単純な悪意の場合は、完全に取り切ることが出来る場合もある。俺は、先ずそういった簡単に取り除ける悪意から集めていった。  最初は、こんな仕事したくもない、と思っていたけれど、悪意を取り去った人間が幸せそうな顔をしているのを見ていると、何だか自分がいいことをしている気持ちになり、次第に、それがなかなか心地よくなってきた。これが善意というものなのだろうか。もしかすると、こうした気持ちを知るために、この仕事をさせられているのかもしれない。  そうして、俺はたくさんの悪意を集めた。仕事として言われていた以上の悪意を集めた。これが自分の善意なのだ。後は、その悪意を詰めた袋を捨てるだけだ。捨てる場所は、天界にある、悪意の焼却炉だ。そこに捨てることで、悪意を浄化させ、綺麗に消してしまうのだ。それが終われば、一旦この仕事から解放される。その後どうするかは自由だと言われているけれど、まぁこのような気軽にできる仕事ならまた善意でやってもいいかもしれない。  そんな軽い気持ちで俺は立ち上がった。集めた悪意は、意外と重たかった。俺にとっては些細な悪意だったけれど、人々にとってはそれなりに重いものだったのかもしれない。あるいは、一つ一つの悪意は軽くても、たくさん集めたから重くなってしまったのか。でもまぁ何とかなるだろうと思い、俺は天界に向かって飛んだのだけれど。  俺は途中で、自分の見通しが甘かった事に気づいた。思っていた以上に、その悪意は重いのだ。悪意の入った袋を持つ手がしびれ、少しずつ力が入らなくなる。何処かで休憩したいけれど、生憎天界に向かって飛んでいる途中で、休める場所なんてない。一度地上に降りるしかないけれど、せっかくここまで来たのに、という気持ちも起こる。  そして、結局俺はやらかしてしまった。悪意の入った袋を、空から落としてしまったのだ。世界中のいろんな場所にいる人たちから何千何万と集めた悪意を、一か所に。これが何を引き起こすのか、頭の悪い俺でもわかる。分散されていた悪意が、一か所に集まったのだ。袋を落とした周辺では、悪意が蔓延する。そこにいる人々の何百倍もの悪意が、そこで蔓延するのだ。  最悪の結果になってしまった。思考が停止する。どうしよう、どうすればいいのだろう、と頭が混乱する。何とかしようと、俺は必死で考える。といっても考えたのは、人々の事ではなく、俺自身の事だった。  俺は悪くない。中途半端な善意を植え付けようとするから、こんな最悪なことになったのだ。責任は、俺にこんな仕事をさせた側にある。そう結論づけて、俺は天界から離れていった。すぐに捕まるだろうけれど、でも、逃げるしかないのだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加