爆ぜるぞ!地雷コレクター

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第一回地雷コレクターの集いは全員爆死で幕を閉じた。 集会前に残した初代会長の言葉「踏まずしてなにが地雷か」はその場で起きたことを物語っているようだった。 彼らはなぜそんな危険なものを集めたのか。なぜ踏んでしまったか。ある社会学者が注目して研究を進めたところ、現代の社会心理に深く関わっていることがわかった。 地雷のような危険物は一般的にはそう簡単には手に入らないとされているが、ひとたびアンダーグラウンドに潜ればそれなりに入手できる状況にあった。かつての大戦の残骸のみならず紛争地域では今なお戦争が行われている。人類は有史以来どこかしらで戦争を行っており、供給には事欠かない。そもそも戦に使われる兵器は闘争本能を刺激し、人を惹きつけてしまう危険な魅力がある。戦車や戦闘機のプラモデル、銃のレプリカなど愛好家は古くから存在しており、それらが高じて本物の兵器を集める者もまた後を絶たない。 ではなぜ地雷か。現代人は草食系と揶揄されるように積極的な攻撃本能は鳴りを潜めている。一方で現代はストレス社会である。技術進歩による変化は激しく、不確定な未来は人々を不安にさせている。それでいて旧態依然とした組織ばかりで閉塞感がぬぐえず、変化と閉塞の矛盾はストレスを高め、人々に内なる破壊衝動を芽生えさせた。積極的な行動ができない現代人はその衝動の行き場を求めた結果、「受動的な破壊」という程よい存在ーーーつまり地雷に辿り着いたのだ。 そんな論文をまとめ上げた学者は、自らも地雷に取り憑かれて地雷コレクター会の二代目会長となった。著書「踏む勇気」はベストセラーとなり、地雷を集める者たちの存在が世間に広く認知された。 彼は第二回地雷コレクターの集いで仲間とともに爆死した。 本に感化された一人のアイドルが地雷集めを始めた。 彼女は「本物の地雷系女子、見せてあげる」をキャッチコピーに慈来幻フミ(じらいげんふみ)と名乗り、前を切りそろえた黒髪、泣きはらしたような赤い目元と血色感のない肌メイクで、病みカワイイと人気を博した。 「恋するマインスイーパー」「踏みたくて」「いい火旅立ち」とヒットソングを連発し、様々な形状の地雷や性能を面白おかしく解説する芸風がテレビでも重宝されるようになってくると、その動きに合わせるように闇社会のコレクター向け地雷市場も活性化していった。マニア好みの売り方からカジュアル路線に舵を切り、見た目にも可愛いものや小さく手軽さなもの、家庭用地雷など大幅に種類が増え、表立っては売らずとも簡単な符号さえ知ってれば地雷は容易に手に入るようになった。 人気絶頂の慈来幻フミがコンサートが行う。人々はそこに危険を感じずにはいられなかった。表向きはあくまでも火薬を抜いた地雷を集めていることになっていたが、その造詣の深さから本物を所有してることは十分に予想された。彼女自身が何かを起こす気がなくても、コアなファンたちが行動を起こす可能性はある。 危険視する声は日に日に高まったが、絶大な売り上げが期待できるイベントゆえに運営側は曖昧な態度を続け、持ち込みチェックと会場警備の強化を約束することで開催を強行した。当日は多数のマスコミと野次馬が押し掛ける騒動になったが、結果的には普通のアイドルコンサートに終始して何事も起きず無事に終わった。 翌日、慈来幻フミは密かに行われた第三回地雷コレクターの集いで爆死した。 秘密裏に三代目会長に就任していたのだった。 空前の地雷ブームを重く見た政府は規制強化に乗り出した。 委員会を立ち上げていかにして地雷を排除するか議論を重ねたが、もとより火器は所有禁止なので既存の法律でまかなえるのではないか、火薬抜きなら危険性はないのだから一律禁止はやり過ぎではないか、コレクターが集まったときに事故は起きてるのだったらコレクターの集合ことを規制したらよいのではないか、地雷に限らずオタクは皆危険だからオタク禁止法を作るべき等々。まとまりがなく空回りするばかりだった。 そんな動きを嘲笑うように地雷の需要と供給は加速した。 政府の議論はどの国でも似たようなものだった。もはや地雷ブームは日本を震源地として世界的な潮流となり、統率された会もなく流れ者のコレクターたちが野良のように湧き、散発的に集い、踏んだ。 フンデミックーーーーいつしかそう呼ばれるようになった。 遅々として対策が進まぬ状況に業を煮やし、民間企業が独自で取り組みを進めた。取引の場となりやすいネット業界と水際対策の要となる物流業界。グローバル企業の首脳陣が集まって協議を重ね、主要企業の有能な人材を集めて合弁会社を立ち上げるに至った。彼らはもはや闇とも表とも区別がつかぬ地雷市場に一気呵成で切り込んでいった。 兵器としての軍事市場では無用な正義感を振りかざすことはせず冷徹にさばいていき、また古くからの火薬抜き地雷の愛好家には適度に流通させるようにして、民間人が所有するには不相応な火薬入り地雷のみを徹底的に排除した。会社の管理する倉庫には各国の脱法地雷が続々と集まり、色とりどりの多彩な地雷が所狭しと並ぶようになった。 今や自分たちこそが世界最大の地雷コレクター集団ではないか。 そう気づいた時、国際機関からの規制を受けぬよう倉庫を秘密の場所に変えて会社のスタッフはまるごと世間から身を隠した。誰からも干渉されぬ状態を確立すると、CEOは世界に向かって自分は地雷コレクター会四代目会長であると宣言した。 世界中が注目するなか、オンラインのライブ配信にてCEOへのインタビューが行われることになった。 「二代目はミイラ取りがミイラになったようですが、あなたも同じなのでしょうか。」 「いいえ、私は管理したいだけです。だからあえて名乗りを上げました。世界の地雷の流通は今、我々の適正なコントロール下にあります。民間でもルールを守って集めていただく限りは安全であると断言しましょう。」 「モノではなくヒトの観点ではいかがでしょうか。過去のコレクターたちの集いはすべて地雷が踏まれた結果になりました。あなた達は組織化されており、すでに人が集まっている状態と言えますが、彼らと同じように踏まないでいられますか?」 「ええ、もちろん。まずスタッフたちは仕事人なので真のコレクターではありませんし、お互いに無干渉です。唯一コレクターと言えるのは倉庫を管轄する私ぐらいでしょう。それでも過去の連中が踏んでしまった理由はすでに解明されていますので、同じ轍を踏まなければ良いだけのことです。」 「興味深いですね。その理由というのを詳しく教えてください。」 「要はコレクター心理なのです。例えばあなたが河原で面白い形の石を見つけたとしましょう。次の日には別の形の石を見つけました。どうやら探せば他にもいろいろありそうです。あなたは石を集めるようになり、手元には素敵な石がたくさん並ぶようになりました。さて、ある日あなたは思います。このコレクションを誰かに見せて自慢したいと。実際にお友達に見せてみました。するとどうでしょう、お友達の方がもっと魅力的な石を持ってるではありませんか!色も形も素晴らしく、自分の石はどれもこれも見劣りしています。逆にお友達の自慢を聞かされることになり、あなたは悔しくなりました。でもこのままでは終われません。負けたくありません。そこであなたは挽回するアイデアを思いつきました。自分の石を叩いてみせて、言うのです。『こっちの石の方が固いぞ!』と。」 「コレクター同士が集まるとマウンティングが始まる、ということでしょうか。」 「その通りです。そしてこれが地雷だった場合、辿り着く結果は想像に難くありません。色や形では勝負がつかず、シミュレーション上の性能で争っても水掛け論です。となれば、最後には誰かが必ず言い出すでしょう。『こっちの地雷の方がよく爆ぜるぞ!』とね。」 「ひとたびモノを集めたら自慢したくなる心理は共感できますね。しかし見せてしまうとマウントとらずにはいられないとは、皮肉なことです。」 「コレクターの悲しい習性なのでしょう。倉庫に並んだ地雷を眺めるたび、私もまたコレクションを自慢したい気持ちが人並みに湧くものですが、幸いにも環境的にできない状態でしたので、事故が起きるようなことはありません。」 「見せるべきお友達がいないのですね。」 四代目は爆死した。 配信のコメント欄は「あのインタビュアー、地雷踏みやがった」との書き込みで溢れかえった。 (おわり)
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