おかえりからはじまる予感

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「ただいま」  僕はこの言葉が大嫌いだ。  なぜって? 「ただいま·····」  いつものように玄関の扉を開け、靴を脱ぎながら家の中に向かって呟いた。  もちろんいつも通り何も返ってこない。  返ってくるのはただただ静寂と玄関の外から聞こえてくる道を走る車のエンジン音。時折イライラした様子で鳴らされる自転車のベル。そして、近所の犬の鳴き声や姦しい井戸端会議の声くらいのものだ。  それは当然だ。なぜなら二年前から家には僕以外誰も居ないのだから。  二年前、両親は突然離婚する。と宣言をした。別に夫婦仲が悪い様子も無かったし、外に恋人を作っている訳でも無さそうだったから、正に寝耳に水とはこの事だった。  その上、二人とも僕にこの家を譲りどちらも引き取らない、という宣言までわざわざいただいた。  この時から僕はただいま、という言葉が嫌いになった。  否が応でも僕は両親に捨てられ、一人になってしまったという事実を突き付けて来る瞬間だからだ。 「おかえり」  靴を脱いで、どうやら廊下でボンヤリしていたらしい。  いつの間にか出迎えられていた。 「え?君、誰?」 「あ、おかえりじゃなくて、はじめましてか!私は君の叔母さんだよ」  目の前のどう見ても同じ歳くらいの女性は、なぜか割烹着を着てお玉を持ちながら威張るように返事をしている。 「でも、両親から妹が居るって聞いたことないんですが·····」 「ああ、そりゃあね。君が二十歳になったらお互い仕事優先のために離婚するなんて言い出す人たちだからね。親族関係なんて興味無いんでしょ。私は君のお母さんの異母姉妹ってヤツだから、君と歳も近いわけだよ」  ま、暫くは父さんに言われたし、面倒見てあげるよ!  彼女は元気にそう言ってキッチンへと向かった。  その後ろ姿を見た瞬間、もしかするとただいまが少し好きになるかもしれない。無意識の予感を感じた、はずなのだが彼女の自由っぷりに振り回される日々がはじまる合図だと知っていれば、思わなかった予感だろう。
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