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55話 婚約破棄だ!
「シャロン……嘘だろう……?」
ギスランは余程ショックだったのか、がっくりと膝をついてしまった。
「あら~ギスラン。残念だったわねぇ。折角私が婚約破棄してあげると言ったのに、シャロンに捨てられてしまっみたいね」
「オリビエ‥‥‥お前って奴は……」
ジロリと睨みつけてくるギスラン。その目は涙目になっている。
「何よ。シャロンに捨てられたからって、私に八つ当たりするつもり? あなた本当に頭がどうかしてるんじゃないの?」
「オリビエ! 何もそこまで言わなくてもいいだろう!?」
「言うわよっ! 大体今まで一度でも私に会う為に、屋敷に来たことがある? 無いわよねぇ!? いっつもいっもあなたが会いに来るのはシャロンの為でしょう! どこかへ2人だけで出掛けたことだって無いじゃない!」
すると何故かギスランの口元が綻びる。
「そうか……分かったぞ、オリビエ」
「何が分かったの?」
オリビエは腕組みした。
「お前……さては嫉妬していたのか? だからそんなことを言ってるんだろう?」
「は? 嫉妬? 一体何を言ってるの?」
「照れるなって……シャロンの言葉で目が覚めた。俺にはおまえがいたんだものな」
「ギスラン、あなた頭がおかしいんじゃないの? 私はさっき、婚約破棄を告げたわよね? 身内と不貞行為をするような相手と誰が婚約関係を続けるって言うのよ」
「素直になれよ。オリビエ」
ギスランはにじり寄って来ると、オリビエの右手首を掴んできた。その途端、オリビエの全身にゾワッと鳥肌が立つ。
2人の様子に使用人達は騒めくが、相手が伯爵令息なのでどうすることも出来ない。
「触らないでよ! 鳥肌が立ったじゃないの!」
「はぁっ!? 鳥肌だと!? ふざけるなよ! 人がさっきから下でに出ていればいい気になりやがって! オリビエのくせに生意気な!」
手首を握る力が強まる。
「離してよ! 痛いじゃないっ!」
「だったら、俺の言う事を聞け!」
そのとき――
「おい! 妹に何をするっ!」
廊下に大きな声が響きわたり、使用人達を掻き分けてミハエルが現れた。
「あ……お兄さんではありませんか。こんにちは。ご安心ください、妹は妹でもシャロンではありません。オリビエとちょっと話をしていただけですから」
ギスランはミハエルに愛想笑いする。
「黙れっ! 俺の本当の妹はそこのオリビエだけだ! 一体お前はオリビエに何をしている!?」
「ええっ!? ミハエル様!?」
予想外の言葉にギスランはまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきになる。
ミハエルはズカズカとギスランに近付くと、胸ぐらをグイッと掴んで引き寄せた。
「使用人達からの報告で駆けつけてきたんだ。貴様……オリビエという婚約者がいながら、まだたった15歳のシャロンといかがわしい関係になっていたのだろう? それどころか、捨てられた途端に今度はオリビエに手を出そうとするとはいい度胸だ」
目が座り、ドスの利いた声はギスランを振るいあがらせる。
「あ、あの……そ、それは…‥‥」
恐怖で歯をガチガチ鳴らすギスランにミハエルは追い打ちをかける。
「貴様のようなクズ男とオリビエとの婚約は破棄だ、このバカ野郎! 俺はお前を訴えることにしたからな? 婚約者がいながらの不貞行為、未成年を相手にした性的逸脱行為、他に暴行罪も付け加えてやろう」
「そ、そ、そんな……これは立派な脅迫罪ではありませんか……?」
震えながらも反論するギスラン。
何しろ、いくら不正入団したと言ってもミハエルは王宮の騎士団員なのだ。ギスランが恐れるのも無理はない。
「はぁ!? な~ぁにが脅迫罪だ。だったら、こちらから貴様に脅迫罪も付け加えてやろう! どうだ参ったかこの野郎!」
およそ貴族とは思えない乱暴な言葉を吐くミハエル。
大勢の人々の前で、賄賂によって騎士団に不正入団したことを暴露されたミハエル。
今更自分の品格が疑われようと、彼には失うものは何も無いのだ。
「ひぃ! 参りました! どうかお許しください! 婚約破棄でも何でもいたしますから!」
涙目で必死に詫びる無様なギスランの面白い事と言ったらない。
周りで見ている使用人達は笑いを必死で耐えている。
「よぉし! その言葉、間違いないな! 早急に婚約破棄の訴状を貴様の家に送ってやろう! 分かったらとっとと失せろ!」
ミハエルが掴んでいた襟元を離すと、ドスンとみっともない音を立ててギスランは尻もちをつく。
そこでオリビエは使用人達に声をかけた。
「お客様がお帰りだわ。誰か手を貸してくれる?」
「ええ、お安い御用ですよ。オリビエ様」
すると力自慢で大男のフットマン、トビーが現れた。
「トビー、それじゃお願いね」
「はい、お任せください」
トビーはギスランに近付き、グイッと腕を掴むと自分の肩に担ぎ上げた。
「うわっ!! な、何するんだ! 離せ!」
みっともない姿に足をばたつかせるギスラン。
「見ての通り、出口まで送らせて頂くんですよ。それでは参りましょう」
「おい! 無礼な奴め! 降ろせ! 降ろせよーっ!!」
ギスランの叫び声は遠ざかり、その様子を呆れた顔で見つめていたミハエルにオリビエは声をかけた。
「お兄様」
「あ、ああ。何だ? オリビエ」
笑顔で返事をするミハエル。
「先ほどはありがとうございます」
「礼なんかいい。何しろ、お前のおかげでニールを排除することが出来たのだからな」
「言われて見ればそうですね。では失礼いたします」
オリビエは背を向けると、自室へ向かって歩き出した。
「え? オリビエッ! それだけか? 他にお兄様に言う事は無いのかー!?」
「はい、ありません」
オリビエは背中で答え、去って行った。
オリビエにとって、兄ミハエルもどうでもよい存在に成り下がっているのだから――
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