おばあちゃんのおにぎり

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 小学生最後の夏休み、おばあちゃんのいる山に行った。とても田舎で、集落には怖い言い伝えから不思議な言い伝えまでさまざまある。ぼくは夏休みの自由課題に、おばあちゃんの山に言い伝えられている、山の妖精に会いに行くことにした。おばあちゃんが話してくれた伝説は、おばあちゃんの家の横を流れる川をどんどん上っていけば巨大な岩があってその岩の不思議なパワーで妖精の国に行くことが出来るということだ。 「おばあちゃん、ぼくは妖精さんに会ってくる」 「そうか、ヒカル、川は急に深くなったり、流れが速くなったりするから気をつけて行くんだよ」 「はーい」 「お弁当を持って行きなさい」  おばあちゃんはそう言って、ぼくにおにぎりと漬物を入れたタッパを渡してくれた。ペットボトルにお茶も入れてくれた。 「おばあちゃんありがとう」  ぼくはお弁当やペットボトルをリュックに入れて冒険に出発した。 「行ってきます!」 「暗くなる前には戻ってくるんだよ」 「はーい」  ぼくはおばあちゃんに大きく手を振った。  おばあちゃんの家を出て、坂道を下る。川が目の前だ。この川は龍の川と呼ばれていた。川幅は十メートルくらいの川だ。川底には砂はなくここが溶岩の通り道だったせいか岩でゴツゴツしている。  ぼくはどんどん川を登っていった。  しばらく歩くと丸くて丸くて巨大な岩が川の中央にあらわれた。 「おおきいなぁ。山のホクロみたいだ」  川の水は岩の下や横を通り抜けて流れてゆく。 「岩の高さだけでも五メートルはあるに違いない」  ぼくは巨大な岩を前にして立ちすくんだ。  どうやったら妖精に会えるんだろう。 「妖精さん、いたら返事して!」  ぼくは大きな声で岩に向かって叫んだ。 「よし、岩のてっぺんに登ろう」  そう決意したぼくはカエルのように岩にしがみついて登り始めた。  岩には苔が生えていてそう簡単には登らせてくれない。何度か試みてとうとう諦めた。  ぼくには無理だよ。  ぼくは近くの岩場に腰掛けて巨大な岩を見上げた。 「お腹空いたなぁ」  おばあちゃんのおにぎりを食べよう。  リュックからおにぎりとペットボトルをとりだした。 「いただきまーす」  がぶりとおにぎりを口に運んだ。  その時だった。岩から女の人のきれいな声がした。 「美味しそうなおにぎりね。あたしにもわけてちょうだい」 「きみは誰? どこにいるの?」 「きみの目の前よ」  声の主はあきらかに巨大な岩石からだった。しかもさっきまでなにもなかったのに、岩石にドアのような隙間が出来ている。 「妖精さん?」 「人間からはそう呼ばれているわ」  山の妖精は岩を横にずらして岩の中から外に姿を現した。  妖精さんはぼくと同じくらいの背丈で、お人形さんのように可愛かった。 「お腹がすいてるの?」 「すごく空いてるの」 「じゃ、これあげるよ」  ぼくはおばあちゃんのおにぎりを妖精さんにあげた。 「そこに座っていい?」 「いいよ」  妖精さんはぼくの隣に腰掛けて、おにぎりを口に含んだ。 「ぼくはヒカル。きみも名前おしえてよ?」 「ミワ」 「ミワちゃんはあの岩の中に住んでるの?」 「ちょっと違うかな。この山に住んでるの」 「寂しくない?」 「ちっとも」 「どうして岩の中から出てきてくれたの?」 「あなたのおにぎりが美味しそうだったから」  ミワちゃんは小さなお口でパクリとおにぎりをかじった。 「このおにぎり本当に美味しいわ。誰が作ったの?」 「ぼくのおばあちゃんだよ」 「ヒカルは幸せね。こんなに美味しいおにぎりを毎日食べられるんだから」 「うん。おばあちゃんには感謝しないとね」  ぼくはそう言って残りの一個のおにぎりを半分こにしてミワちゃんにあげた。 「あなたのこと気に入ったわ。山の神様に言っておばあちゃんの畑がいつも豊作であるように頼んどくわ」 「ミワちゃん、ありがとう」 「おばあちゃんを大切にしなさいよ」 「もちろんだよ」 「じゃ、そろそろあたし帰らなくちゃ」 「また岩の中に入っちゃうの」 「そうよ」 「また会えるかな」 「いいよ」 「岩じゃなくっても、この山の石に向かってあたしの名前を呼んだら出てくるから」 「わかったよ」 「じゃ、またね!」  ミワは岩の中に消えていった。  ぼくは翌日も大きな岩の近くで石を拾ってミワちゃんを呼んだ。 「今日はなにして遊ぶ?」  ミワちゃんは笑窪をつくって微笑んだ。  それから毎日、ぼくはミワちゃんと川や山で遊んだ。こうしてぼくの夏休みはあっという間に終わった。                      了
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