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The City, Cool Like Menthol
灰色、灰色、灰色……無数の色を浴びているというのに、等しくそう感じる。国会議事堂めがけて原爆が落ち、首都の機能を千葉に移したというものだから、津田沼の街は今ではかつてでいうところの広尾や目黒と同じような、首都と隣り合わせの高級住宅街という扱いであった。結局得をしたのは、地上げ屋程度であるが。
人工物まみれの街をさまよいながら、黒のトラックスーツにスニーカー履きのリル・デビルは幼少期には想像もつかなかった、今の暮らしにため息をつく。ユーラシア大陸全土を焦土に変えた、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を発端とする、2年前の2039年まで続いた第三次世界大戦-むしろ人々はユーラシア大戦と呼んでいる-はある人々には恐怖と絶望を与え、ある人々にはいつまでたっても貧困と時代錯誤の渦中にある故郷から抜け出すチャンスとなった。
齢は25、通名の通り、小柄な身体をしているが、せんだってのユーラシア大戦の生存者である彼女の身体はよく鍛えられている。染めていない黒髪をボブでまとめていて、そのくせ目は猛禽類とも、大型肉食獣とも、ドブネズミとも形容しうる野性味に溢れたものであった。地黒ということもあるが顔は長年日焼けし続けた褐色をしており、そして手だけはウェイトリフティング用の指抜きグローブがはめられている。
しかし、いざ間近で目を合わせればリル・デビルが小柄だからといって一切の油断ができない相手ということが分かる。漆黒の瞳は吸い込まれそうなほど澄んだものであるし、武道の会得者が相まみえれば思わず手が出てしまうだろうし、そうなればただでは済まない抵抗に逢うことも想像に容易い。
そして、津田沼の街も中心部から一歩離れれば、役所の関心が向かないスラム街が広がる。今この街は、日本どころか世界中から悪徳の群れる所と言える。貧困という名の群狼はいつだって牙をむき出しにしていて、そして群れのメンバーはめぐれましく変わってゆく。戦時中のどさくさで仕事を求めて入り込んできた無数の外国人や地方都市から流入してきた喰い詰めた日本人が、貧困の香料を振りまきながら悪意に満ち満ちた生活を生々しく繰り広げ続けている。
リル・デビルは足音を自然に殺す癖が治らないな、と感じながらゴミだらけのスラムを歩いている。下水はあふれ、野良犬と見分けがつかないような人々をかき分けながらひたすらに目的地へ進む。時々、こと切れた中毒者がゴミの中に埋もれていたが誰も関心がない。他人に気を許せば、次は自分がそうなるから。そのようなむき出しの野性がリル・デビルにとってはむしろ心地が良かった。それはまるで戦場にまだいるような気分になるし、あるいはもはや具体的な地名も思い出せない、中央アジアのどこかにある自分の故郷で先祖が馬に乗って草原を駆け回っていたであろう血筋がそう感じさせているのかもしれない。欺瞞満ち溢れる上っ面だけの、いわゆるまともな世界はどうしても性に合わない。彼女はカラスのように気ままに飛び回り、野良犬のように気に入らない相手に噛みつく、そのような生活以外ができる自信が全くなかった。
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