01 生きたいと叫んで

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真っ逆さまに落ちる、ほんの数秒前。 低い犬の鳴き声が聞こえた気がしたけれど、気付いた時には、川に流されていた。 「 が、はっ、ッ!! 」 苦しい… 痛い…… 苦しい…… だれか、助けて……!! 死にたいって願ったのに、川の流れと共にぶつかって来る枝や石が身体に当たって、その痛みで沈み掛ける体を… 更に脚へと絡みつく植物によって、暗い川の中へと沈む恐怖感に、頭が真っ白になってパニックになった。 少しは泳げるはずなのに、それすら出来なくて…  水面を目指して何度も手足を動かしていれば、あの声が届く。 「 ヴォン!! 」 「 茶々!!もう少し!頑張って!! 」 それ以外にも遠くから、応援する様な男性の声が聞こえた気はするけど、流れる水の流れと自分の呼吸音で満足に音が聞き取れない。 「 っ!! 」 一瞬、このまま諦めてしまおうか…。 そんな事を思った時に、手に当たった柔らかい毛のような物が、私の腕の方へと潜り込んで来た。 無意識に掴まると、其の毛玉は川に流されながらも、懸命に手足を動かして岸に向かって泳ぎ始めたんだ。 「 茶々!! 」 密かに脚が地面へと付いたタイミングで、大きな犬に引き摺られて岸へと上がろうとした時に、 膝丈迄川に入って来た男性によって、残りを引き上げられ川の無い場所に下ろされた。 「 ゴホッ……ゴホッ……!! 」 「 茶々丸大丈夫か?良くやった、ありがとう 」 「 ヴォフッ! 」 気管に入った水で咳き込んで、夏なのに身体を震わせていると、男性は犬の安否を確認した後に私の方へと顔を向けた。 「 君は何をやっているんだ! 」 「 ッ……!うっ、ぐっ……ッ! 」 死にきれなかった事よりも、夜の川に流される恐怖感の方が怖くて、子供の様に泣いてしまっていれば、大きく体を振るせて水気を弾いた犬は、私の顔を舐めてきた。 「 っ!? 」 「 ヴフッ…… 」 「 なに、ちょ、やめっ…! 」 大きな舌で何度も舐められて、泣いてた事よりもそっちに気を取られてしまって、 次第に軽く笑っていれば、涙はスッと止まっていたんだ。 唾液で濡れた顔を手の甲で拭いていると、 男性は犬の項辺りを撫でて、私の方へと顔を向けた事に、また怒られるんじゃないかって肩が震える。 「 …怪我をしてないかい? 」 「 ……へ…? 」 怒鳴られると思っていたのに、酷く優しい声で問われた事に、気の抜けたような返事をして彼を見上げれば、暗いし視力が悪くてよく分からないけど、 若い男性は着ていた上着を脱いで、そっと私の肩に掛けてきた。 「 此処は暗くてよく見えないから、明るい場所に行きたいんだが…立てるか? 」 「 たて、い、っ……! 」 何かに当たったことで酷く右脚が傷んだことに、痛みに手を当てると、ヌルっとした何かに気付く。 「 立てないなら無理しなくていい。俺の背中に乗れるか? 」 彼は密かに息を吐いてから、その膝を曲げて私の方へと背中を向けた。 一瞬その背中に触れようとしたけれど、私はこれ以上誰かに迷惑になる気はない。 「 ……あの、助けてくれて…ありがとうございます…。でも…私、死のうとしてて…だから… 」 「 本心じゃないよな? 」 「 ………!! 」 「 死にたい人間が、茶々丸が来た時にしがみついて助けを求めたりしないはずだ。生きたいなら、生きていいんだよ 」 「 うっ、ッ…… 」 泣き止んでたはずなのに、男性の言葉にまた泣きそうになって。 奥歯を噛み締めていれば、茶々丸と呼ばれた犬が私の身体を押した事で自然と彼の背に凭れかかるようになり、 彼は腕を掴んで肩へと誘導すれば、其の儘立ち上がった。 「 わ、ッ……ごめんなさい……、服…、濡れてしまう…し、重くて…ごめんなさい… 」 「 別にいい。茶々丸、帰ろう 」 「 ヴォンッ! 」 落ちないように無意識に前側の服を掴めば、彼は太腿に片腕を添えて歩いて行く。 何気無く左側を歩く茶々丸は、自分でリードの紐を咥えて持ってた為に、賢い犬なんだと思った。 「 ごめんなさい……。生きてて、ごめんなさい…… 」 「 ……… 」 彼ではなく、きっと母に言ってるように何度も小さく謝っては、密かに涙を流す。 生きててごめんなさい…。 死にきれなくてごめんなさい……。 其れしか言えなくて、ブツブツと一人で呟きながら泣いていれば、河川敷から少し離れた場所にあるニ階建ての一軒家へと辿り着き、彼は玄関を開けてから、私を床へと下ろした。 「 ふぅ…よし、少し待ってて。サンダル、片方流されたのかな…。ん、やっぱり怪我してる… 」 「 あの、服に血が…… 」 「 嗚呼、いいよ。茶々丸、部屋に入るのは待ってな。先に… 」 「 !!? 」 男性は、私の脚や身体にある怪我を見てから、玄関前で入るのをきちんと待ってる茶々丸と言う犬の頭を撫でてから、その場でベルトを外しズボンを脱ぎ始めたから、咄嗟に顔を背けた。 彼は気にせずパンツ一枚になると、靴下も全て脱いでから、裸足で廊下を歩いて行く。 立ち去った音が聞こえ、そっと茶々丸へと視線を向けた。 「 ……茶々丸って言うから、てっきり…全身茶色かと思ったら…黒かった 」 ジャーマン•シェパード•ドッグをフサフサにしたような大きな大型犬は、茶色い靴下を履いた長い手足や鼻下から顔周りと眉みたいな模様が茶色なだけで、後は真っ黒だ。 名前にちょっと違和感を覚えるけど、玄関に入らずおすわりしてる犬は、とても良い子だと思う。 「 …助けてくれて、ありがとうね 」 死にたいはずなのに、生きたい…。 そう願ってしまった私を助けてくれたのは、紛れもない茶々丸だ。 言葉が通じるかは分からないけど、何気無く言えば犬は濡れた尻尾を振って、石の床を叩く。 大きな口が輪郭を上げてるような茶々丸は、可愛いかも知れない…。 少しだけ茶々丸を眺めてから、目線を右脚へと恐る恐る向けると、ぱっくりと斜めに切ったような傷があって、今だに血が流れていた。 「 うわ、痛そ… 」 もう、全身が痛くてその脚の感覚が鈍ってるけど… そっと左足に残るサンダルを外して、横に置いていると彼は戻って来た。 「 お待たせ。汚れを取ったら先にお風呂に入って欲しいんだが…いいだろうか? 」 「 あ、はい…… 」 膝丈のズボンを履いて着替え終えていた彼は、湯の入った桶を持ってきて、白いタオルをその中に漬けて軽く絞ってから、私へと差し出す。   「 俺が拭くと痛みが分からないから、自分で拭けるところは拭いた方がいいと思う。無理そうならやるよ…? 」 「 え、あ、ありがとうございます…やります…( この人…大きかった… )」 明るい玄関で見た彼は、身長を含めて横幅も中々ある、スラッとした体格に爽やかな見た目をしてる男性だった。 それも横顔を含めてかなり美形だから驚いた後に、色んな葉っぱやらゴミやらついた身体をそっと拭いていくと、アチコチ痛いことに気付く。 それに濡れた身体を拭いたはずなのに、白いタオルは少し茶色くなって、血で赤く滲む。 「 綺麗な、タオル…、汚しちゃって…すみません… 」 「 ん?嗚呼、気にしないで。タオルは沢山あるから 」 男性は別のタオルで、茶々丸の手足やら顔周りを拭いてる為に、私は自分の足裏などを拭く。 「 多分、大丈夫です… 」 「 そう?じゃ、風呂に行こう 」 「 ………はい 」 助けて貰ったのに…お風呂も借りる。 凄く罪悪感があって、申し訳ない気持ちで胸が押しつぶされそう…。 目線を落としたまま、何気無く彼が差し出してきた手を取って、ゆっくりと立ち上がってから右脚を引き摺るように歩き、 廊下を真っ直ぐ進み、中央にある階段を過ぎた先にある脱衣場へと連れて来てもらった。 「 バスタオルは好きなだけ使っていいよ。此処に俺の服で悪いけどシャツと半ズボン置いておくから、これ着てな。後は風呂場の物は好きに使って 」 「 はい……。色々、ありがとうございます… 」 「 うん。茶々丸を外で洗って来るから…何かあったら大声出して 」 「 分かりました… 」 テキパキと色んな事を伝えられ、情報の多さに困惑するけど、好きに使っていいと言う物だけは把握したから、彼が脱衣場から離れて行った後にそっと濡れた衣服を脱ぐ。 「 そっか、部屋着だから…… 」 上着を外した事で気付いたけど、部屋着だった為にブラ付きのインナーと膝丈のルームウェアのズボンだけだった。 こんな軽装備で、川に飛び込んだら傷だらけになるのは無理ないし、彼が上着を貸してきた理由に納得出来る。 「 酷い格好… 」 傷だらけの身体にボロボロの髪、血だらけの服と顔に残る鼻血の痕。 先にお風呂を進める理由も分かり、なんだか虚しくなる。 自業自得なのに…、 こんなにも一つ一つ動くだけで、 死にたい程に辛くなるなんて思わなかった。 「 ッ……… 」 シャワーの水圧すら痛くて、ノズルを手に持って洗えなかったから、掛けてから滝修行のようにゆっくり洗っていく。 髪に絡みついた枝や葉っぱやよく分からない、藻を取って、置いてあるシャンプーなどを使わせてもらった。 「 ッ〜…いた、痛い……痛い…!ぅ、っ… 」 シャンプーやらボディーソープが傷口に当たる度に痛くて、早めに湯で流したりそっと洗ったりして何とか悶ながらも、なんとか風呂を終える事が出来た。 「 ふわふわ…… 」 置かれてるバスタオルを広げて、一部を顔に当てればフカフカでふわふわのそれは、高級感がある。 まるで上質な綿の中に包まれてる感覚になって、ちょっと顔に付けて堪能した後に、身体を拭いてから髪を拭く。 何枚も使っていいと言われたけど、一枚で十分なぐらい拭ききれた。 貸してくれた服は厚みのあるタンクトップ、半袖のインナー、部屋着の様なVネックのシャツがあって、それを全て来た後にズボンを掴む。 その下に何気無く、新品っぽい袋に入ったボクサーパンツが置かれていた為に、かなり恥ずかしかったけど履いた。 「 どれも大きい…… 」 全身、女性用のMを使う私にとって上下の服もパンツも全て大きくて、ちょっとボカっとしてるけど… 服が乾くまでの間だと思って納得する。 「 どうしたらいいんだろ…… 」 お風呂から上がった後の事は聞いてないから、壁伝いに歩いて、廊下からリハビリの方は何とか脚を引きずって歩いた。 「 ひろっ……… 」 カウンターキッチンと一緒になってる、リビングダイニングは予想外の広さがあった。 そして大型犬が動けるように家具は少なく、 最小限となってる。 こんな広い家に一人と一頭で暮らしてるのか謎だけど、リビングの一面にある窓の外に、彼がいた為に近付く。
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