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きょとんとしていれば、彼は茶々丸の毛を軽く摘めば、それを見せてきた。
「 そう、ブラッシングや遊び相手。見て、この抜け毛!夏が終わるというのにまだ抜けてるの!だから、定期的なブラッシングと日中暇そうにしてる茶々丸と遊んでくれたらいいよ 」
「……そんなのでいいんですか? 」
「 寧ろ大仕事だよ?俺の大事な家族を、君に預けるんだからさ 」
遊ぶだけで、ここに住んで良いと言われるとちょっと悩むけど、彼の言った通りにこの家には、家族と思えるのが茶々丸しかいない。
こっちを向いた茶々丸へと身を向けて、片手を差し出す。
「 茶々丸…私で良ければ、御世話させて下さい 」
「 ヴォフッ! 」
「 わっ! 」
頭を下げようと思ったのに、茶々丸は軽く飛び付いてきた為に、その重さで少し後ろへと倒れ、首周りへと抱き着き撫でる。
「 ふふ、よろしくお願いします… 」
大きくてフサフサの尻尾を揺らす茶々丸に、嬉しくていい匂いがする身体へと鼻先を押し当てると、その抜け毛鼻先を掠めてくしゃみをしてしまった。
「 ははっ、そうと決まれば後で部屋を片付けよう。そうだ!名前を伝えてなかったね。俺は大輝。 七海 大輝だよ 」
「 七海さん… 」
「 気軽に呼び捨てで、大輝でいいよ。君の名前は? 」
呼び捨ては抵抗があるから、さん付けで呼ぶことにしてから、自分の名を名乗ろうと口を開こうとすると、母の言葉が頭に過る。
" 私達と同じ苗字すら、名乗らないで "
「 っ……あい、か…です。藍色の華で…藍華 」
「 へぇ、藍ちゃんか。君の目の色と同じで良い名前だね。お爺さんが名付けたのかい? 」
「 ……あ、いえ。漢字は祖母です。祖父は愛するに叶うと書いて、愛叶にしたかったらしいけど…其れだとお婆ちゃんになった際に、名前負けした時がどうのこうので、止めたらしいです 」
「 ふふっ、二人ともちゃんと名前を考えてくれたんだね。とっても良い名だよ 」
「 そうですね…。そう言ってもらえて、嬉しいです 」
母は、自分の娘達より依怙贔屓されてるとかで…
私の名前を嫌って呼ぶ事は無いけれど、誰かに良い名前だと言って貰えるのが嬉しくて、ちょっと鼻先がじんわりと傷んだことに気付き、顔を上げる。
「 大輝さんの名前もいい名前です。太陽みたいでキラキラしてて、凄く似合ってます! 」
「 そう?ありがとう。因みに茶々丸の名前の意味分かる? 」
「 茶々丸…… 」
目を丸くして驚いた顔を見せた彼だけど、直ぐに小さく笑っては茶々丸の方へと顔を向けて、頭を撫でる様子に犬は目を閉じて耳を後ろに下げていた。
その様子を見て、少し考えてから呟く。
「 茶々丸……茶色の丸…。はっ!眉毛みたいな部分が茶色だからですか? 」
「 正解。そう、可愛いでしょう。この子はドイツのブリーダーさんがホームページに載せてたんだ。多分…世界で茶々丸の兄弟である三頭しかいないんじゃないかな 」
「 へ、そうなんですか?でも…確かに、シェパードみたいな顔なのに…。フワフワしてるし…バーニーズにしては、白が無くて… 」
じっと見詰めては、茶々丸は血統書付きの子達とはなんとなく違う気がして、こんな犬種いるのかな?と悩んでいると、彼は頭を撫でていた手を止めて、ゆっくりと立ち上がってから棚の上にある写真立てを二つ持ってきて、見せてくれた。
「 詳しいね?茶々丸は、ホファヴァルトのお父さんと、ジャーマン•シェパード•ドッグのお母さんから生まれたMIXなんだ。これ里親に出す前に撮られた最後の集合写真。この三番目が茶々丸 」
「 ふぁ……みんな丸くてフワフワして可愛いし…。お父さんもお母さんも…格好いい 」
其々模様は違うし、シェパード寄りの子も居たけれど、茶々丸と言われて指差された子犬はまだ半分程耳が垂れ下がっていた。
それがまた可愛い…。
「 でしょ?まぁ、此のブリーダーさんは普段分けて飼育してるけど、お父さんを脱走させてしまった時にって感じらしい… 」
「 そうなんだ…。茶々丸のお父さん元気だね! 」
大切な家族だから紹介したいんだなって思うと、彼がどれだけ茶々丸と言う愛犬を大事にしてるのかよく分かる。
艶のある毛並みや綺麗な歯を見ると、しっかりと手入れされてるし、抜け毛が酷いと言う割には、
この部屋のカーペットには余り毛が付いてない。
「 そうでしょ〜。茶々丸は生後四ヶ月から俺のところに来てね〜 」
「 ヴォフ! 」
「 ほぅ…… 」
子犬の話を聞くのは楽しくて、つい夢中で頷いてると茶々丸の密かな吠えと共に、彼はハッとしてから写真立てを抜き取ってしまった。
「 ごめん、つい話し込んでしまったな。まだ残ってるから、しっかり食べていいよ。ご飯と肉じゃがもおかわりあるし 」
「 あ、いえ。こんな大きな茶々丸でも…小さい時があったんだなって…。またお話聞かせてくださいね 」
「 ……ありがとう。因みに茶々丸は今年で二歳なんだ。藍ちゃんは? 」
「 あ、私は…五月で、二十八歳になりました 」
写真立てを元の位置に戻した彼は、ローテーブルの方へと戻り、食べていた場所へと座り直しては、新しい芋焼酎を開けながら私の言葉に驚いたような顔を見せた。
「 え、二十八歳?俺の一個下なんだ。学生さんかと思った。因みに俺は七月で二十九歳になったばかりだよ 」
「 年上…。お互いに童顔なんですね 」
「 そう?俺は年相応だと思うけど…藍ちゃんは幼いよねぇ。あ、いい意味でだよ? 」
「 ふふ、ありがとうございます 」
いつも怒られたり、怒鳴られる恐怖に怯えて生活してたけど、こうして誰かと話して笑えるのはいつ振りだろうか。
きっと前の仕事を辞めた後だなって思うから、この時間が楽しいと思ってしまった。
「 わ、ごめん。気付いたら三時半だ…。直ぐに客室を準備するから待ってて。御皿はそのままでいいよ 」
少しは、彼のお酒のつまみにはなれただろうか。
話し込んでしまったことに、もうそんな時間かと思うけど、
この部屋に彼のスマホの時計以外はないから、すっかり忘れていた。
「( 御皿ぐらい、洗おう… )ごちそうさまでした 」
両手を合わせてからゆっくりと立ち上がり、キッチンに御皿を片付けて、洗剤が置かれていたから洗っていく。
「 え、ありがとう…。因みに食器洗い機あるよ? 」
「 ……大丈夫です!慣れてるので 」
「 そっか、ありがとう 」
優しく笑って御礼を言ってくれる大輝さんは、
本当に太陽みたいな人だなって思った。
彼に少しでも、" ありがとう "を返せたらいいな。
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