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一ヶ月を過ぎた頃には、東条の婚約者が由莉であるという話は完全に職場で広まっていた。
社長から秘書に、秘書から事務員に、事務員から現場のスタッフに、という感じだろうか。
話の出所も広めている人も憶測でしかないけれど、こういう話は凄い速さで広がっていく。
たまに現場に顔を出す程度の東条と、入社したばかりの由莉でさえこれだけ噂になるのだ。世の中の社内恋愛をしている人たちは、随分と生き辛いに違いない。
そして、由莉を悩ませているのは、噂が広まったことだけではなかった。
「ほら、あの人。東条さんの婚約者。オメガなんだって」
後ろから聞こえてきた話し声に気づかないフリをして姿勢を正す。
噂が広がったことで、こうやって遠巻きに由莉のことを見にくる人も増えた。
今来ているのは、百貨店の二階で働いている美容部員だろうか。休憩中のため上着を羽織っているようだが、何度か売り場で見掛けたことがある。
「え……でもなんか、オメガにしては普通じゃない? 本当にそうなの?」
「らしいよー。オメガって凄い可愛いイメージだったけど、なんか意外だよね。ああいう子もいるんだ」
興味本位で観察されて、影で評価をされることは昔からあった。
アルファを虜にするのだからオメガは美男美女ばかりだと、そういうイメージがついているのも知っている。
だけどよく考えて欲しい。ドラマや映画でオメガを演じている綺麗な女優さんは、漏れなく全員アルファなのだ。
実際のオメガの容姿は、普通に両親の遺伝子によって決まる。
オメガと診断されてからこういう事は何度もあったし、もう慣れてる。だけど、全く心が痛まないわけじゃない。
自分の容姿が人並みなことなんて分かっているから、せめて私に聞こえないところで言って欲しい。
ただでさえ自分が人に迷惑をかけやすい性だという自覚はあるのだ。
人に悪意を向けられるのは、正直あまり得意じゃない。
「なんかちょっと狡いよね。別に凄いかわいい子ってわけでもないじゃん。それでもいけるって事でしょ?」
「オメガってだけで、努力もしないで東条さんクラスと付き合えるんだからいいよね。東条さんとお近付きになりたいって思ってた子なんていっぱいいるのにさ」
向けられる言葉が痛くて思わず俯いてしまう。
しばらくしてから声の主はいなくなり、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。
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