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東条に手渡した箱が卓上に置かれ、中からガトーショコラが顔を出す。粉砂糖がかかっているだけの、本当にシンプルなガトーショコラだ。
それを見ただけで、どうしてこんな気持ちになるのか自分でも分からない。美味しそうとかありがとうでいいのに、そんな単純な一言さえ、上手く紡ぐことが出来なかった。
「由莉?」
「え……あ、あの」
「固まってたけど大丈夫? 違うケーキ食べたいなら用意しようか?」
「こ、これがいい! ……これが、ほんとに一番嬉しい」
「そう? それならいいけど」
誕生日らしくないといえば、確かにそうなのだろう。
実際、由莉もフルーツや生クリームがたくさん乗ったデコレーションケーキを想像していたし、自分が誰かに贈る誕生日ケーキにガトーショコラは選ばない。
だけど、どんなに豪華で可愛いケーキを出されたとしても、今のこの感情を超えることは出来ないんじゃないかと思う。
食べられてラッキーとか、そんな単純な感情じゃない。もっと複雑な気持ちで胸が苦しくて、悲しいわけでもないのに泣きたくなる。
色々考えて、万が一の時の由莉の気持ちまで汲んで選んでくれたこのケーキに、勝るものなんて絶対にない。
「コーヒー淹れてくるから、切るの任せていい?」
「あ、うん。もちろん。ありがとう」
少しだけ切るのが勿体無く感じてしまうけれど、丸齧りするわけにもいかない。
由莉の分のコーヒーを東条が用意してくれている間に、真ん丸のガトーショコラに包丁を入れる。とりあえず六等分にして、一つずつ皿に載せてテーブルに並べた。残りの四つは後でラップしよう。
暫くしてから部屋にコーヒーの良い香りが広がり、カップを持った東条が由莉の正面に座った。
いつものようにいただきますと手を合わせてからケーキを口に運び、あまりにも幸せな空間に思わず笑みが溢れる。
「美味しい?」
「……うん、凄く」
にやけるのを抑えきれず、へらりと笑って答えると、東条も優しく表情を緩めながら「よかった」と言ってくれる。
駄目だなぁ、これ。幸せを過剰に摂取しすぎて溺れそうだ。
ケーキもコーヒーも美味しくて、目の前の東条さんは笑ってくれていて、泣きそうになるくらいに嬉しい。
さっき自分に言い聞かせたばっかりなのに、また都合の良い妄想に溺れそうになる。自分の一方的な好意をぶつけて、優しいこの人を縛り付けたくなってしまう。
ずっと一緒にいたいと思うのに、これ以上この場所にいるのが怖い。
東条を困らせることを口にしてしまいそうで、いつまで耐えられるのか自分でも分からないのだ。
「……ごちそうさまでした」
淡い期待をケーキと一緒に全部飲み込み、使い終わった食器を持って席を立つ。
早く片付けて、今日はもうこのままおいとました方がいい。そう思って片付けを始めると、「残りは冷凍しておこうか?」と東条が言ってくれたので、ケーキの方はそのままお任せした。
食器は洗ったし、ケーキも冷凍庫に保存してもらった。机の上も綺麗に片付けたし、今日はこのくらいで十分だろう。
予定通り早めに帰ろうと立ち上がり、改めてお礼を言おうとした瞬間だった。
「はい」の一言と共に目の前に差し出された箱に、由莉は思わず動きを止めてしまう。
「……へ?」
「誕生日プレゼント。三日遅れだけど」
「え……わ、あの、え……? もらっていいの……?」
「せっかく用意したんだから貰ってよ。俺が使えるものでもないし」
そう言われてしまうと断ることもできず、お礼を伝えてから手渡された箱に視線を落とす。
金のリボンで綺麗にラッピングされた、黒い正方形の小箱。
東条に「開けて」と促されると断る理由もなく、リボンを解いて中身を取り出す。入っていたのはシンプルなネックレスだった。
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