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「……綺麗」
「似合うと思う。俺が着けてもいい?」
「あ、はい。お願いします……」
由莉の後ろに東条が立ち、項が見えるように軽く髪を掻き分けた。
首輪をしているから噛まれるわけがないのに、東条の指が首元を掠めるだけでなんだか落ち着かない。
ただネックレスの金具を取り付けるだけの数秒間。酷く心臓が騒いで、意味もなく逃げ出したくなる。
「はい、できた」
「あ、ありがとうございます! ちょっと見てくるので……!」
着けてもらったあと直ぐに距離を取り、不自然に逃げたことを誤魔化すようにして手鏡で首元を確認した。
ちょうど首輪の数センチ下で、トップのダイヤモンドがきらりと光る。シンプルなのに綺麗で、なんだか一気に女性らしくなった気がする。
改めてお礼を言おうと由莉が顔を上げると、目が合ったと同時に東条が自分の口元を手で覆い、小さく息を吐きながら僅かに横へと視線を逸らした。
「東条さん……?」
「はぁ……なんか恥ずかしい。少しベタだった?」
「ぜ、全然……! こういうのは定番って言うんだと思う。喜ぶ人が多いから、贈り物としてよく選ばれるの」
そう伝えただけでは視線を合わせてくれず、仕方なく距離を詰めて東条の顔を覗き込む。
あ、本当に、少しだけ赤くなってる気がする。
駄目だなぁ、本当。こういう、いつもと違う表情を見せてもらえるのが嬉しくて、顔が緩むのが抑えられない。
「……あの、本当に凄く嬉しいです。ありがとう」
東条の顔を覗き込んだまま、真っ直ぐに目を見てお礼を口にする。
由莉が離れようとするより先、距離を詰めるように動いたのは東条の方だった。
「……え」
一瞬、唇が触れた。
本当に一瞬で離れてしまったから、何が起こったのか直ぐには理解ができなかったけれど、数秒経ってようやく状況を理解する。
キスをされたのだと、気付いたと同時にぶわりと身体に熱が回って、何を言えばいいのか分からなくなった。
「あ、あの、今……」
「したくなった。急にごめん」
「え……あ、いやそんな……」
謝らなくていいです。本当はもっとして欲しいですって、思わず口から出そうになる。これ以上ここにいたら変な事を口走ってしまいそうで、もう本当にやめて欲しい。
気を緩めたら泣いてしまいそうで、心臓がバクバクとうるさい。
ヒート中にねだっても嫌がられていたのに、こんなタイミングでしてくれるなんて意味が分からなくて、こんなのは……本当に狡い。
「あ、の……あ、私そろそろ帰ります、えっと、色々ありがとうございました」
「……あ、そう。分かった、送るね」
「いえそんな……まだ午前中だし、寄りたい所とかもあるので一人で……! それにあの、今顔合わせるのなんか、恥ずかしくて……」
恥ずかしいと伝えるのが精一杯で、これ以上どう言えばいいのか分からない。
謝られたことに対してのフォローをするべきなのかもしれないが、本気で何を話すのが正解なのか分からないのだ。
東条さんになら何をされてもいいし、それ以上がしたい。
馬鹿正直にそんな事を言ってはいけないことは分かるのに、どこまでだったら言っても許されるのかが分からない。
東条を困らせない線引きが、もう自分では判断できないくらいに壊れている。
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